20100728

彼はマジシャンではない。

職場シリーズ
三浦くんとMCのたいばん
こんな日がくるとは。うける。会場職場率高かった


三浦くんのラクーンドッグは私が初めて観たときのすぐあとにメンバーが抜けて
きっと大変だったろうけど、みんなでよくしようとがんばって、よくしていってるのがわかった。


Alfred beach sandalのこと、
MC.sirafu今度はアルフレッドとやりだしたよ
正直いって私はMCが北里くんをひきだすのがメインかと思ってたのだが
北里くんもMCを引っ張り出してたのかもしれない。
思い出せるのは
すごい面白くてあれこそ観せるものだということ。
多分ふたりはお互いガチで一騎打ち楽しんでただけだろうが
ああーオモシロイもんみたわ!という充足感あってエンタメってた
確かに、全然オシャレじゃねえじゃんとはみながら思ってたけど
攻撃性とかロックとかそうゆうカンジでもなく
全く高尚でもなく


果物の皮むいたみたいな感覚


それフレッシュ?
そうゆうんでもないが
とにかくああオモシロカッタぜーって
そうゆう、感動


いろいろ書きたいけど
べつにいいっしょ!


つぎはこいつら+一楽くんでやるそうな。
わー
なんてめんどくさそうなんだー!!という、期待

20100724

すべてのそとのきみたちにも

音楽を観るときは、だいたいお金を払う。
演奏を聴かせてもらうからだよね。
無料にしたい、と思う人がいるなら、出演者とお客さんの間でうまく還元できてないと感じるからだと思う。
でも今日のあだちゃんライブのように場所と音楽とお客さんを(それぞれ充分でなかったとしても)うまくまわらせるやり方もあるし、それを考えてる人もいる。少なくとも今夜モナに行って食事だけをするつもりはなかったはずの人たちが、無料のあだち×倉林ライブがあったから足を運んでお酒をのんだ。お酒呑んできもち投げ銭して下手したらいつものライブよりお金を落としたかもしれないけど、お客さんみんなそれに納得してお金を使ったと思う。
私たちが場を選んだからこそだったと思う。
そうゆう中で私は、お客って何なのかなってこと考えてしまう。
演奏する人は、お客さんのために音楽をやっているわけじゃない。
お客さんは、演奏する人のために観に行ってるんでもない。
見え易く言ってしまえば、みんな自分の気が済むように、それぞれのことをしているんだと思う。
ただ私はそこにそれぞれの「気が済む」で完結する自己だけだとは思えなかった。
そこまで自立したものだとは思えなかった。
だから私はブログを始めたし、企画をやることにした。
ブログには今何を記しておくべきかをその都度考えるし、
企画は面白いけど楽しいとは思ってない。勝負だと思ってる。
だけど、そんな風に思っているのは私だけみたいだった。
みんなにはそれぞれの音楽があるし、
私は企画も素人で音楽のことも何も知らない。
そんな私の力では何も与えられなかった。
でも、音楽をやっているほうの人で、私の考えを解ってくれる人に逢った。
私の考えはただのリスナーのエゴじゃないんだと思えた。救われた。
このブログに誰か音楽の名前が出ることそのものは、どうでもいいことだ。
私にとって、私の書いたひとことでも、それで救われたと言われた時、
私も救われる。
ライブに行って、ありがとうと心から言われた時、
それで、私も心から今日の演奏ありがとうと思えた時
そうゆうことが音楽とリスナーの関係じゃないかと私は思ってる。

ありがとうと言った瞬間に生まれたきもちを見逃さないこと
演奏に逃げないこと

自分の音楽と、自分の音楽を聴いてるお客さんと向き合うのを避けたら終わりだと思う。


はっきり言ってお客さんは取り合い
イベントがバッティングしたとき、家計の事情でライブを選ぶとき
私たちが というか少なくとも私が選ぶのは、「その先」だ。
どこかへ繋がって行く感覚がある場所へ行きたい。
ライブは娯楽だけど、私にとって生き方なんだよ。
くだらないかもしれないけど、
今日の演奏をどう受けとったかで生活が変わってしまうと思ってる。
だから真剣に受けとりたいし、その先へ進みたいんだ。
娯楽だよ、ただの。
でもほんとにそう思うなら、もっと別のものいくらでもある。
本気でそう思えるなら、音楽以外のものだっていいんじゃないの。


音楽のすごいとこのひとつって
関係性だけで生むことができるってとこだと思う
自分たちだけの世界を守り続けることは美しい。
でもそれが醜くなることがある。
守るために逃げることと
理解を求めない振りをすること。
欲しかったら手に入れたらいいよ。
手に入れる方法なんて、君のひとことの言い方だけだったりもするよ。
「その先」っていうのは、その程度の事のなかにあるし。


なぜいまこれを書いているかというと。
ここ何日かで怒りに似たものを感じたからと、
書かないことが無責任だと思ったから。
あんときと一緒です。
そして
私はやっぱりこれからたくさんの批判みたいなことを言ってしまうと思う。
時には名指しするかもしれない。
でもなんで私がその発言をするのか、解ってほしいから。
理解できなくても、考えてほしいから。
だからこうやって書いたことは言い訳なのかもな−・・・
言い訳と自慢とつまんねえ話は、私嫌いだ。
こんな文章書いてないで、自分のやれることをやるだけだというのも、わかってるよ。

20100721

片想いドタバタ編!





東京のライブハウスからのオファーがめっきり無くなった片想い、しかしさすがモナレコは忘れないでいてくれてます!
アメリカのドキュメンタリー映画の撮影
モナの推薦で
日本選抜
片想いが演奏することに

意味全くわからん

急遽につき
ばんせが関西行ってて出演できない。
ので、かわりにサポートメンバーを5人入れるという意味わからんっぷり!
音多過ぎたりスカスカだったり楽しかったな〜


意味わからんが
シカシ
そうゆうことできるバンド他にいないよな〜
っていうのは観たひとはわかると思うけど
観てないひとは
そうなんですよ。
片想いって、他がやらないことをやるんだよ。
そうゆうの、奇をてらうだけの結果に陥りがちだけど
ハッピーな結果を招くんですよ、いつでも。意味わかんないのに。
うわーなんて素敵な音楽なんだ、感動!って日もあれば、
このクソバンドが!楽しかったぜ!っていう日もある。
いつ行っても興奮とか満足とかくれる。
でもそれは連綿とした片想いの日々があるからこそであり


きょう コイちゃんが、このへんはみんなでいろいろやってて楽しそうだなあと言ってくれた。
うん。
毎日別のライブに行って別の音楽をみてるけど
あらぴーには三日連続で会ったし
昨日ばいばいしてスグまた今夜会うひとがいたりする。
それをコミュニティーや内輪と言ってしまえばそうだけど
みんないつも別々だよ。
それが素敵だと思うんだよな。


集まってるんじゃなくて、絡まってるんだな。
日々の繋がりをすこしづつ新しくしては、また別れて、また絡まるの連続。
一緒になったとき、新しく面白いことのできるひとたち。
そして新しく出逢う人たちと、また更新されたりとか。
毎回がスペシャルなんてこと、ないかもしれないけど、少なくとも私は、毎回が大事なのは、ほんとだ。


いつでも待ってるぜ。


きょうは 私はくまちゃんがライブやるとこを初めてみた。
なんか全く違和感なくてフツーに楽しんでしまったけど
きんちょうしてたのかなー
でも、片想いの中でくまちゃんが一番ハッピー感出してた!
スゴイおいしいとこたくさんもらってたな。



最後にインタビューやってた うける
あんな最低のインタビュー知らん
ビーポジより非道い。






「僕らは音楽が大好きです」

20100720

音楽的音楽

ネクサンにて。


古川麦(hyugen)と荒内佑(cero)
昨年のカモカフェ以来のユニットは突然でしたが本人たちは結構準備してたらしい。
そりゃ準備もなくいきなしこんなライブやられたんじゃびびるよ。
ヨカッタ!
ふたりで作った曲やあらぴーの曲を麦ちゃんうたったりして

そのなかでも 来て良かった!と確信した瞬間の曲を一曲アップさせてもらいました。

麦ちゃん佑ちゃん/芝生の復讐


音色変わっちゃってるけど


麦ちゃんはギターとトランペット
あらぴーはピアノ
音楽的音楽
麦ちゃんは表現とかみてても思うのだけど、麦ちゃんとして
かなりキャッチーなものにして、見せるものとしての音楽をやってくれる。
全ての人に親切であり全ての人を楽しませる演奏をしてくれる。
オシャレだけど、決して難しくはしない。
特にそうゆう部分を今日はヨクみれたと思う。
そしてあらぴーはそうゆう麦ちゃんを見せたかったみたい。
そのための挑戦をしてたみたい。
文章にしてしまうと食い違うかもしれないが
だいたいそうゆうとこ。
届いた!
二人の音楽は美しかったけど
かわいらしくて明るくて夏だった。
またこの二人をみたい!と思った。




野田薫
私はレコ発以降も
結構毎日のように野田さんのアルバムを聴き続けていて
彼女が好き過ぎて、野田さんにデートを申し込んだ。
野田さんとマッコリを呑んでいろんな話をして、
私が「あの日のうた」に焦がれた理由がちゃんとその話のなかにはあった。
そしてますます
想いは募るばかりで、バスの中でiPodできいて泣いたりしてるんだ。
野田薫の音楽に私は恋をしています。
恋だからそのきもちには説明がつかない。

何故こんなに好きなのか戸惑うくらいの盲目なのだけど、
きょうライブをみてて
私は野田さんのピアノが好きなのかもしれないと思った。
声や曲以上に、あのピアノの音に揺さぶられるのかも。
わかんないけどねー

野田さんは新曲をたくさんやってた。
あの人のあの曲をやったりもした。
その内容は明かせません。
私たちの秘密にしたい。


とにかく、しばらく日本を離れる野田薫をみておいてほしい。みんなに彼女の音楽を。
好き過ぎてどこが好きかわからない、なんて言ってると誤解されちゃうけど、
彼女の音楽はとても音楽的なんだ。
あなたが好きになってもならなくても、知っておいてほしい。



しかも
音楽的ってなに?って言われるとわかんない。
ニュアンスだ。定義する気もないし、
そんな感じの気分、だけど 何か確信のあるもの。


素敵な音楽を聴く。ありがとう。
今ばんせが関西に行っている。
オクダサトコも一緒に演奏してるので、私も行こうかと思ってたけど、やめたんだ。
昨日は三輪のレコ発、今日のネクサンの演奏も素晴らしかったよ、明日はばんせ抜きの片想い、弟子のくまちゃんきっとやるぜ。ってなんか報告したい気分です。
むこうで良い演奏をしてるであろうばんせに。

東京の空から、鴨川へ。


あらぴーが私のこと
「こっちゃんいいライブみたあと大仏みたいになるよね」
「いいライブのあと機嫌悪くなるよね」
と言った

ありがとうあらぴー。知ってるね。
あしたも大仏になるよ。

20100719

三輪二郎レコ発

三輪のレコ発終わりました。
あの二郎が全部自分で考えて動いて迎えた日でした。
私は手伝わせてもらった。


二郎から、電話がくると、長くなるから面倒くさい。
時々意味がわかんないこと言うし、メールしても質問と違う返事が返ってくるし、なんかお父さんとコミュニケーションしてるみたいで面倒くさい。
面倒くさいけど、二郎の話をきいてやりたいし、話せばなんだかこっちが安心するのが三輪二郎だ。
そうやって私たち、二郎は私にキレられたりしながらも、レコ発の準備をしてきた。
たくさんお客さんきてくれた。
三輪二郎ほんとにうれしかったと思う。
良いイベントになったと思う。
がんばったな。おつかれじろちゃん。


私のまわりの音楽家たちは
仕事や恋愛や家族、生活を重ねながら音楽を続けている。
そのバランスがうまくいくばかりではない。
音楽はやりたいからやっていたって、辛いこともキツイこともあると思う。
けれども今はそれこそが音楽の糧になっているということ。
二郎はそれを感じる人のひとりだ。


バランスの取り方は難しいけど
二郎には圧倒的な音楽の力があるからこそ、うまくいかせてあげたい。
彼は音楽以外の、音楽に付随することの発想力が、乏しいと思われがちだけれど
本当は何においても確かな好みと良い趣味を持っている人だ。
そうゆう部分をないがしろにせず、私たちが大切にしてやらなきゃいけないと思うよ。
そんなん甘やかしかもしれないけど、
だって
不器用だけど二郎の人柄はほんと素晴らしいし、ああしてみんなが集まったときには
音楽も二郎そのものもほんとに愛されているなと思うからさ。
彼は孤高だよ。
だからこそひとりにしちゃいけない。


いわば二郎は天然記念物みたいなものなんだからさ。
あがめたまえ。
あの純粋さと、あの音楽を、私たちはどこまでも尊重し、尊敬したい。


私はライブなんて全然観もしなくて、昨日は務めをやるだけだったんだけど
ああ、手際悪かったなあと思うけど
たくさんのみんなが二郎のために足を運んでくれたことにほんとに満たされた。
そして労ってくれた君よ、ありがとう。

まりさんもありがとう。



写真はそこらへんにいたやつら。








皆の笑顔がイベントを象徴している。

20100718

おはようさんさん

三輪レコ発いよいよ今日ですー

cero と とんちさん 今 観たい人々です
アルバムのプロデューサー 豊田さんも演奏してくださいます

三輪も きっと 気合い



おひるくらいまで予約うけます
☆HPから予約くださった方には返信をしています。返信をうけとっていない方は確認のためもう一度お問い合わせください。

三輪のレコ発

20100715

マリリンモンローズ!

ついにマリリンモンローズを観てしまった・・・!
なんとなくもう今いかないとハードルがあがるばかりだと勝手なプレッシャーを感じていたのでヨカッタ。


私のバイト先には何人ものミュージシャンがいる。みんなの演奏をひととおりみさせていただいてる。でも水口くんだけはまだだったのです。(ついにコンプリート)
でもその職場の繋がりだけではなくなんとなく「マリリンモンローズには(わくわくガールズにも)東演お世話になってる」というきもちがあり(いい人たちなのだ)それがどういうことなのかはここにスムーズには書けないが 昨日もマリリンモンローズとその仲間たちの存在がとてもありがたかった。よい世界。


今回はMC.sirafuが参加したのが大きいきっかけで観に行けたのだけど、マリリンモンローズはきっとMCは必要なくて、多分オリジナルの4人の時を観るべきバンドなんだろなとはもちろん思ってた。でもやはり入ってみればMCはそうゆうバンドにはそうゆうバンドへの入り方をする人で、とても良いライブ。いつもはどうとか考えずマリリンモンローズを観れたと思う。
マリリンモンローズはなんか変なバンドだなあと思った。
私とかはカステラとかピーズとかを彷彿するんだけど皆もう知るまいカステラ。でもそのフォロワーとも感じさせない部分もあり。マリリンモンローズ知らないだろカステラ。
まあそんなことはどうでもいいなって思うのは、
初めて観た彼らのステージで彼ら4人のバンドとしての関係性が伝わってきてしまったからだった。
まずそれがライブで表現されていることが、いいバンドだという以外ないと思った。
4人それぞれについて、それぞれになにかを感じたもんね。
それぞれの役割とバランスと愛情とハッピーそれと少しのあれこれ、良いロックバンドというべきもの。
とりあえず水口くんはライブをしながら幸せで死んじゃうんじゃないかこの人、っていうふうに見えた。


私あのライブハウスには超久しぶりに行った。あすこは全然興味がない場所だけど、それでもマリリンモンローズとその仲間たちの世界、よい世界だったから居れた。彼らの場所は開かれてると思った。安心させてくれてありがとう。彼らマジいかれててアホだけれどもなんかそんなのより先に感じちゃったものがあるよ。


「ギターでおしゃべり」を聴いてる。なんかおしゃれ。変なバンド。
バンドTデザイン募集中。Tシャツでおしゃべり おもしろいなあ





島田くんが写真とってくれたよ。嬉しいな。ありがとう(俺 MC 水口くん。)

20100713

三輪二郎レコ発のお知らせ 再度





























三輪ちゃんのレコ発、迫って参りました。
ご予約まだ受け付けますので連絡くださいー
mixiとかついったーとかなんでもいいですよ。コンタクトくださいな

三輪二郎、ギンギンに行くと思いますので観てやってくんさい!


三輪二郎「レモンサワー」発売記念リサイタル
7月18日(日)@三軒茶屋グレープフルーツムーン

w/cero、tonchi ゲスト/豊田道倫

前売1,800円/当日2,000円


ご予約
http://miwajiro.com/
送信フォームから

20100712

お楽しみはこれからもだ。

なんかよくわかんないけども私から見てこーだったってことを記録したい。
ロジで今までにないイベントだった。
いろいろといつもと違うし、そう無いことばかり だった


SPORTS-KOIDE and MC.sirafu プレゼンツ。
MCが片想いやとんちでなくMCとして企画をするのは今までなかった気がする。
改めて シラフが企画やるとここまで出来るんだなと思った。
別に知ることもないことだけど、その準備とか計算とかアイディアとか心配りとか協力とか
多分MCはすごくきちんとやったと思う、じゃないとあんな自然なものは出来ないことだったし。
そんでシラフの旧友であるスポコイさんとその仲間たちのこと。

DJとライブのおいしいとこどりイベントだったのだが
それをロジでやること、
サウンドシステム(?っていうの?あってる?)を導入しデッカイスピーカーを今日用に設置、スタンディングでクラブみたいになるのにそれでもそこはロジでそれは異空間だった。
クラブでもライブハウスでもバーでも無くなってて
なんかヨク意味わかんない感じで相当面白かった。
夥しい数の機材、楽器、あれをさばくだけでもミラクルだった。
音がいいっていうのはこうゆうことかと思ったのは、デカイ音がうるさくないということ
デカイ音でもいい音ならやかましく感じなくて、会話もストレスなく出来る。
逆に音をきいてても会話が耳障りにならないんだ。
なんか感動した。
そうゆうのクラブでは当たり前のことなんだろか。どなんだろか。
いつも聴いてる音って一体なんなんだろと思った。
だから複雑でもある。


音づくりは スポコイさんといつもやっているナツメさんという方がしてくれて、そんでスポコイさんとメタルくんとタンゴくんがDJを、ceroと、鴨志田新悟と電子書籍がライブを。
融合ということに関して見事に美しかった。
"カオス"っていうのは結局混じりに違和感がなくて生まれた感想だった気がする。
それでヨク意味わかんないことが気持ちよく、
そしてなんかハッピーだった。
そう なんか私これクラブみたいなの大丈夫かなって正直思ってたんだけど全然気分良く。
それ、繋がっていたからだと思う。
スポコイさんとMCさんが再会しお互いの新たな持ち物(言ってしまえば財産と言える)を持ち寄って着実に混ぜあってそしてまた 倍々ゲーム的にまたはワラシベ長者的だったりの繋ぎを生んでるのはわかった。
しかもそこはスポコイさんとMCさんがそれぞれの場所に居てかつお互いの場所を知り合っているというワイドな人々であったことも大切な要素だったはず。
正直企画やる者としてこんな羨ましくてかっこいいことないと思う。


なんかMC的にはこんなこと書いて欲しくないかもしれないけど、
東演的にこんなこと書いとかなきゃ済まない。
東演的に 電子書籍もceroも素晴らしいライブ。やってくれるぜ!って思った
それにceroを今こうゆうシチュエーションで観ておけたことが本当にラッキーだ。


イベントのタイトルは『recreation』だった。
レクリエーションは生活のうちの休養や娯楽を意味するらしい
最近
ライブってあくまで「娯楽」だよなあということを考えている。
なんかそのゴラクにきんきんしている自分てなにかなあてことを考えてる。
んー、
どうせレクをやるならクソ楽しいほうがいいよな。
日々の気休めでしかないとしても
日々の救いであったとしても
クソ面白く するなら 真剣にやっていいのかなとか
娯楽のエキスパートにでもなればいいのかな と 今書きながら思う

考え過ぎかな。
わかんない。

でも今日良い音を一杯浴びたので何か満たされてるような浄化されたような気分もある。
ceroとかあだちゃんとかやっぱみんなと一緒だと楽しいなとか思う。
ああこれみんなで楽しんだので幸福だったなとか思う。

なんかスゴイ素敵だった。
そうゆうの体験するとやっぱサンキューて思うんだ。
そう思えるそれだけでもステージ上げてるしょ うちら 違う?



これ私信ですが
今日あだちゃんに唐突に言われたこと
びっくりして思わずディスってしまったけど
私もあだちゃんに対してはそうゆうきもちなんだよ結局 音楽があって
私たちの位置がどうあれきもちは別に変わらない。



それで なんだっけ
ああ
夏が始まるんだと思ったの
今年の私たちの夏は多分いままでにない気がしてならないのだ
その始まりを今日にしたいと
橋本翼をディスりながら思いました。

たのしいレクを
サンキュー おやすみ

20100704

毎日がイベントなわけがないのに、これだよ。

名古屋行って帰ってきて一週間は一ヶ月みたい(大袈裟だけど少なくとも二 三週間くらい)に濃かった。パズーの日が先週だったなんてほんとか。一番忙しかったのはあたまのなかだったかも。たくさんのことが決まったり決まりかけたりしている。いろんなこと考えて、そして円ジャンだったので、まあたくさんのこと思ったわな。二日続けて「何故こっちゃんはぐるぐるにおこっていたのですか」と「何故こっちゃんは二郎さんのPVをよくないとツイートしたのですか」という質問を受けた。私は説明不足なのかもしれない。実際そこで答えたことがきちんと伝わったかもわからない。そうやって訊いてくれる人にはともかく、説明する必要は正直どれくらいあるのだろうと思うことも多々あるし、説明出来てる気でいた部分もあることもある。でも今はだいたいのこと説明できる。してることにだいたい理由がある。だからこれからもっと説明したくなってしまうかもしれない。
はなしは変わるけど変わってません、企画をきちんとやりたいと思う。
企画としてのこと、演奏のこと、出演者のこと、きてくれる人のこと。
私は東演まつり以来東演はやっていない(沖縄の演奏は糸満さんの企画なので実質ノーカン)。イベンターと言われると嘘だし違和感がある。なんかイベンターって呼び方もくそくだらないと思う。イベントを個人で企画してる人たちって、あくまでそのひと個人だけで面白いことを考えてやってるだけで、それでお金貰えてるわけでもないし(もらってやってる人もいるだろうけど)損得もないだろうし(むしろ損のほうが大きいはずでも)イベントを考えるためにいるんじゃなくて音楽のために、または自分の気が済むようになんかしたいだけでやってるんだと思う。私もイベントをやってるんじゃなくてとーえんをやってる。正直東演みたいなイベントは無いと思ってる。いい意味でも悪い意味でも、東演だけのことをやってると思ってる。企画やってるひとは皆そう思ってやってるはずだよ。そう思わないで漠然と自主企画とかやってるバンドとかは考え直した方がいい。せっかく面白いことをやっても、あなたが漠然としてるってそのことだけでただのイベントになってしまう。もっと自分たちのやってることに意味をつければいい。自分たちに価値を与えればいい。それをお客さんに気づかせればいい。それって企画だけじゃなくてライブとしてそうだと思う。誰かがきてくれることに期待するよりも、期待されるライブにしてしまえばいい。
はなしそれた
ずっととーえんやりたくなかったことにも理由はある。たくさんね。そのひとつひとつを無視してとにかく闇雲に企画をやるってことはできなかった。やる必要はないと言ってくれた人もいた。けどいまほんとにやりたいし、そのために真剣になれる。そのきっかけを作ってくれたひとつひとつのことに心から感謝を言えるよう、きちんとやろうと思う。
円ジャンには客としての深入りはしてない。
したくもないのだ、あのイベントには!
それが円ジャン。で、私はいいのだと思った。だってあれはきっともの凄いイベントなのだよ。ちょっとやそっとの考えでは図れない意図や計算や経緯や繋がりがあってもそれを越えたただのバカさだとか。きっと完璧なのだ。だから私は全然楽しくねえよ、円ジャンなんか!橋本史生が演奏もしないで厨房に入って相当おいしいタイ料理作ってるってどんなおそろしいイベントだ。生きることに食は不可欠だよね!音楽よりもさ。もぐもぐ


そんなおそろしいイベントであの土岐グループが観られたことがヨカッタ。
おまつり。祝祭。ああよかった。よかったね。ここは説明したくない。
私はショックでおうちに帰りたくなってしまった。
それでも倉林グループみたよ
環境として良くはなかったのかもしれないけど、土岐グループの流れから倉林グループみてて、音楽ってこうやってつくるもんなんだよなってことを考えてしまった。もちろん超なんとなくだけど。








なんかイベントってその日だけのものじゃない。それは準備と本番ということでもなくて、共有した日々あっての流れでしかない。イベント当日はその結晶をみやすくしてるだけだと思う。私がよくみる円盤のイベントのタイトルは「日々の音楽」。脈々としてるね。みゃくみゅあくと。円ジャン終わるってのは、私にはかっこよくしかみえない。終わらせたって無くならないからだとしか思えないからな