ホライズン山下宅配便の良いライブ
たまてばこはくらんかい以来のカチっとくるかんじ
手応えー
うれしいものです
どんな要素があったらカチっときてるって思うのかは私わかってないんだけど。ホライズンは奥深過ぎてわからんから。味わいつくせないからこそのやめられなさだと思うけど。でもなんか観たあとの気分が違うから。
「半人前」の衝撃よ。ビートルズ友の会/外国人ききとり調査を目の当たりにした衝撃と、黒岡アクトの衝撃と。(この光景はずっと忘れられないだろう)オマジナルの確立。
「大恋愛」の満足感、痛快。この曲は聴かせる曲です。聴かせましたね。
「期待」に飽きたと思ったときがあった。けれども新録により改めて良い曲だと思いなおしました。しかも今回は伴瀬さんがアレンジを変えており『おっ!』となりました、新鮮さもあわせて。そしてやっぱりあの期待ダンスのあとのしあわせなかんじは、異様であり凄まじささえおぼえる。
メダカもハンバーグもホライズンのコーラスにかかれば赤子の手をひねる。
ホライズンは夢を感じるけど頭突きで目をさまされもする。
気合いと丁寧さ。
個人戦だけどタッグ。
いろいろ思いながら。
「レモンと肉ひだ」のブレイクで黒岡さんがシェーをきめた時が個人的にハマってしまった。なんでそこで?だけど、思いだせばとんちオペラの時に、セリフ少ないはずの片岡シンが一番面白くて、シンくんは立ってる姿だけでおもしろみを語れていることに感動したのでした。このときの黒岡さんもシェーのひとコマだけでほかのアクト全てに通ずるようなおかしみを、最大限醸していたんではないかと。シンくんもホライズンも愛しさや哀しみみたいのがはさみこまれたおかしさなんですよね。
意味は無くても意志のあるアクト。これだ。
あとストロボ指定の絶妙さとか即興ネーミング能力とかみどころが多く、、、
この日のアクトは怒濤だった。一分のすべりもなくひきこんで、曲をしっかり聴かせて、(笑わせてざわつかせて)、初見のおきゃくさんも多かったと思うけど、会場にじわじわとホライズンが浸食していくかんじがわかった。
ホライズンが伝えようとし、それができている。
うれしいものです。観られて。
LOFTは出音がよかったなあ〜
ライブ終わると雪が降ってた。寒かったけども。
ホライズンのシングルがもうすぐ出るんですよ。
今までとは違う面白さが始まるんだと期待しているのです。
東京の演奏MAX
20120128
20120116
めんてなんす
新年一本目のライブでPAにキレるというかなしいことがありました。直接「テメー!」とか言えたらいいんですけど、客として。
そもそも、予想している出音が違うなんていうのは、こっちの勝手な思い込みなんでしょう。演奏はいいのがわかるのに、ベストからはかけ離れた出音だと感じてしまった。
何度もライブを見てしまうと、そんな部分が気になって音楽そのものを楽しめなくなってしまうんだろうか。
そんときのショックは出音悪り〜よ〜ってことより、それを気にしてライブを楽しめなかったこと。
落ち込んだ(カゼひいた)
昨年末から感じていたことだけど、私はすっかり世界をせまくしている。
自分の世界に気をとられて、色とか匂いとか気配とかを受けとる機能が低下している。
もっとシンプルで奥深い視野を育てたいし、その感覚を取り戻したいです。
やっぱり初心に還るというテーマなわけですね。
思い入れや流れを排除して気分だけの軽薄なリスナーでありたいと、
軽薄でさえ足を運ぶ音楽とはなにかと。
Alfred Beach Sandal/きたざと、ばんせ、PAとくのうさんのユニットをみることができました。アルフレッドのライブは私にとって「軽薄でさえ足を運ぶ」のに理想的です。
たとえば音楽的に曲とか声とか言葉だとかセンスだとか、ライブとして緊張感とか新鮮さとか、わかんないけど色々と、アルフレッドはレーダーチャートにしたらとても優秀なバランスで高評価だろうと思うのだけど、人格的にも、きたざとさんはまったく優等生だなあ(フン。)と思うのだけど、そういう部分はもちろん前提なのでしょうが、もう少し心の部分で私はアルフレッドの音楽を欲している感覚がある。
あのライブを観ると洗われたように俄然気分がよくなる。
よくなった気分をすかさず宝箱に閉じ込める鍵する!だけ!で、あとは何も言わないでいいかんじ。
えもいわれぬあの気分は、いまはきっとアルフレッドでしか味わっていない。
忘れたりもうとりもどせなかったりすることがたくさんあっても、育てられてある今の感覚にはなくしたくないやつもあるわけです。
そもそも、予想している出音が違うなんていうのは、こっちの勝手な思い込みなんでしょう。演奏はいいのがわかるのに、ベストからはかけ離れた出音だと感じてしまった。
何度もライブを見てしまうと、そんな部分が気になって音楽そのものを楽しめなくなってしまうんだろうか。
そんときのショックは出音悪り〜よ〜ってことより、それを気にしてライブを楽しめなかったこと。
落ち込んだ(カゼひいた)
昨年末から感じていたことだけど、私はすっかり世界をせまくしている。
自分の世界に気をとられて、色とか匂いとか気配とかを受けとる機能が低下している。
もっとシンプルで奥深い視野を育てたいし、その感覚を取り戻したいです。
やっぱり初心に還るというテーマなわけですね。
思い入れや流れを排除して気分だけの軽薄なリスナーでありたいと、
軽薄でさえ足を運ぶ音楽とはなにかと。
Alfred Beach Sandal/きたざと、ばんせ、PAとくのうさんのユニットをみることができました。アルフレッドのライブは私にとって「軽薄でさえ足を運ぶ」のに理想的です。
たとえば音楽的に曲とか声とか言葉だとかセンスだとか、ライブとして緊張感とか新鮮さとか、わかんないけど色々と、アルフレッドはレーダーチャートにしたらとても優秀なバランスで高評価だろうと思うのだけど、人格的にも、きたざとさんはまったく優等生だなあ(フン。)と思うのだけど、そういう部分はもちろん前提なのでしょうが、もう少し心の部分で私はアルフレッドの音楽を欲している感覚がある。
あのライブを観ると洗われたように俄然気分がよくなる。
よくなった気分をすかさず宝箱に閉じ込める鍵する!だけ!で、あとは何も言わないでいいかんじ。
えもいわれぬあの気分は、いまはきっとアルフレッドでしか味わっていない。
忘れたりもうとりもどせなかったりすることがたくさんあっても、育てられてある今の感覚にはなくしたくないやつもあるわけです。
20120108
もー
今更ですが「七針系」って言葉が話題になってた、その発端をよく知らないでかきます。
私もガンガン使ってましたけど、使って面白い時期はとっくに過ぎていていつしか使わなくなりました。
それを言う時には侮蔑ふうの表情を持ちながらもあきらかに彼らの話題性と知名度と才能に羨望と嫉妬があったからです。だから面白かったんだから、今「七針系」を使っている人はおっせーよっていうか、面白くない意味で使っているのであれば、さきがげて使っていた主に私らは遺憾です。むしろ心外です。
七針系という「言葉」はいまや敬意という「態度」に変わっています。
誇れです
七針でやったことないひとびとが入れられてたってもあったみたいですが
どっちにしてもいちいち気にしてんじゃねえよって想いもあるんですよ。
どこへ行ったってまだまだ狭いところでやってるんだから、その先へいくんだから、そっちだけみてりゃいいでしょうがー!
もー!
それと別の話ですが
ミュージシャンなんて結局排他的なんだからッ!っていう思いに新年早々グルグル囚われています。今午前8時なので寝て起きたらわかりませんが
Q「音楽は自己中心的なものではない」
の問いに、「ハイ!」「イエス!」と元気よく答えられるリスナーでありたい。
何をも怖れず音楽を信じたい。
音楽家本人の意図さえ無視して信じるリスナーでありたい。
私はリスナーなんだ という 原点に戻りたい
今年のテーマは原点回帰か
私もガンガン使ってましたけど、使って面白い時期はとっくに過ぎていていつしか使わなくなりました。
それを言う時には侮蔑ふうの表情を持ちながらもあきらかに彼らの話題性と知名度と才能に羨望と嫉妬があったからです。だから面白かったんだから、今「七針系」を使っている人はおっせーよっていうか、面白くない意味で使っているのであれば、さきがげて使っていた主に私らは遺憾です。むしろ心外です。
七針系という「言葉」はいまや敬意という「態度」に変わっています。
誇れです
七針でやったことないひとびとが入れられてたってもあったみたいですが
どっちにしてもいちいち気にしてんじゃねえよって想いもあるんですよ。
どこへ行ったってまだまだ狭いところでやってるんだから、その先へいくんだから、そっちだけみてりゃいいでしょうがー!
もー!
それと別の話ですが
ミュージシャンなんて結局排他的なんだからッ!っていう思いに新年早々グルグル囚われています。今午前8時なので寝て起きたらわかりませんが
Q「音楽は自己中心的なものではない」
の問いに、「ハイ!」「イエス!」と元気よく答えられるリスナーでありたい。
何をも怖れず音楽を信じたい。
音楽家本人の意図さえ無視して信じるリスナーでありたい。
私はリスナーなんだ という 原点に戻りたい
今年のテーマは原点回帰か
20120107
はなすうた2012
あけましておめでとうございます。
昨年とは違う一年を!
いままでにない一年を!
昨年末は年末年末した気分を味わうことができました。
かけこみでhappleやサーティーンや松倉さん、NRQ(牧野さんいなし)をみることができましたし。
サークルサウンズでみたhappleはキーボード二台(正確には三台)にドラムというみためもおしゃれな編成でラップとかもやってました。って書いたらどんなことをやってるんだって思いますね。おしゃれなことをしています。じっさいおしゃれなのってああいう音楽だと思います。
中田くんも、西宮くんも、サークルサウンズのマスターもお元気そうでよかった。
フニャちゃんにApple情報をもらいました。
あとクリスマスのceroワンマン。何もいうこたない!ないよ、もう!
九龍ジョーのあがりっぷりがよかったです。
九龍氏といえば、roji忘年会のアクトもよかった。あんなに安心してついていこうと思える人はいないですね。
これからもみんなのrojiを大切にしようね!
で、やっぱりまた東演まつりみたいなことをやりたいなーと思いました。
こればっかりは「やったらいいじゃん!」でできることではないので
やりゃーできるんだろーけれども
ああいうおまつりができる状況っていうのは私にとって夢みたいなもので、困難でなければ意味のないことっていうかな。
年越しはスーパー銭湯でしました。なかなかいいものだ。
そして年始早々色々と迷っております。
もちろん迷いのないこともしっかりある。
音楽に関わることなんかの発言に関しては私、なんでも理由を言えると思ってしております。
なんでもきいてください。
っていつもおもってるんですよ。
昨年は内で消化できる状況にいたけど、も少し発信できたらいいのかもしれぬ。
意外と日々いろんなことを考えているんですよ。
話をしないといけないようです。
僕にはわからないんだー 僕が何を思ってるかなんてー っていう原点に戻り!
伴瀬朝彦とMC.sirafuのけがれたかげさいこーでした。
今年もよろしくお願いします。
昨年とは違う一年を!
いままでにない一年を!
昨年末は年末年末した気分を味わうことができました。
かけこみでhappleやサーティーンや松倉さん、NRQ(牧野さんいなし)をみることができましたし。
サークルサウンズでみたhappleはキーボード二台(正確には三台)にドラムというみためもおしゃれな編成でラップとかもやってました。って書いたらどんなことをやってるんだって思いますね。おしゃれなことをしています。じっさいおしゃれなのってああいう音楽だと思います。
中田くんも、西宮くんも、サークルサウンズのマスターもお元気そうでよかった。
フニャちゃんにApple情報をもらいました。
あとクリスマスのceroワンマン。何もいうこたない!ないよ、もう!
九龍ジョーのあがりっぷりがよかったです。
九龍氏といえば、roji忘年会のアクトもよかった。あんなに安心してついていこうと思える人はいないですね。
これからもみんなのrojiを大切にしようね!
で、やっぱりまた東演まつりみたいなことをやりたいなーと思いました。
こればっかりは「やったらいいじゃん!」でできることではないので
やりゃーできるんだろーけれども
ああいうおまつりができる状況っていうのは私にとって夢みたいなもので、困難でなければ意味のないことっていうかな。
年越しはスーパー銭湯でしました。なかなかいいものだ。
そして年始早々色々と迷っております。
もちろん迷いのないこともしっかりある。
音楽に関わることなんかの発言に関しては私、なんでも理由を言えると思ってしております。
なんでもきいてください。
っていつもおもってるんですよ。
昨年は内で消化できる状況にいたけど、も少し発信できたらいいのかもしれぬ。
意外と日々いろんなことを考えているんですよ。
話をしないといけないようです。
僕にはわからないんだー 僕が何を思ってるかなんてー っていう原点に戻り!
伴瀬朝彦とMC.sirafuのけがれたかげさいこーでした。
今年もよろしくお願いします。
20111224
0票の曲会から期待ダンスまで
0票の曲会のことから記そう。
その日の前に、一ヶ月前くらいか、黒岡さんは全曲解説の作成係に私を抜擢してくれました。
私たちは、伴瀬さんとともにインタビューを二度にわけて徹夜で行い、それをまとめあげ、一緒に本屋で立ち読みをし、九龍ジョーさんと定食を食べ、原稿をこねあげ、校正し、校正をくりかえし、なにより校正し、一尊さんとマクドナルドで校正をしました。私はとにかく「黒岡さんが」満足のいくものを作りたいということだけを考えてた。
それができたかどうかはともかく、今思えば、その気持ちはどうしてだったのか、もちろんクライアントということもあるけど、読む人のこととかよりとにかく黒岡さんだったのはどうしてか、18日のホライズンベストテンが終わってから、わかった気がしてます。
とにも黒岡ホライズン山下三四郎宅配便まさひろ氏が、いかにすごいかということを知れました。多分それも、私がわかってることなんてほんのちょっとなんだろうなー。ホライズンのことも。
0票の曲会はホライズンの全172曲人気曲アンケートで一票も入らなかった曲を黒岡さんがすべてひとりで披露するというものでした。
指導が伴瀬さん。そもそも黒岡さんは曲は作っていてもホライズンではギターは弾いておらぬ。それをあれだけの曲を、
まずどんな曲だったか思いだし
思いだせない曲の音源を探し
膨大な記録を掘り起こし探しだし
コードを思いだし
思いだせないコードを伴瀬先生に確認し
練習し
曲目一覧を作り
練習し
ひとりで歌いきる
ということをした。全部で何曲だったっけ。演奏したのは30曲とか?
相当大変だったと思う。
そんなに大変ならやらなきゃいいと思うかもしれない。
普通の人は思うけど、黒岡さんはやると決めたらやる。全曲解説でわかること、ホライズンはタイトルを決めたらどんな曲名でも完成させる。出たタイトルがどんなにくだらなくてもどんなに情緒がなくても、そこに世界はかならずある。
それを見出す努力と発想力がある。
出だしがどんなにでたらめでも、やりきった時には感動が生まれる。
マラソンはただ走ってるだけなのに、完走したときに感動が生まれるってのと同じです。
完走は誰もができるわけじゃないから。
私はあたりまえのことを今解説しているんだろうか
0票曲の中で、絵で発表するシリーズもあった。
二人羽織りで伴瀬がギターを弾き黒岡が歌うというあのふたりならではの衝撃もあった。
その発想がすばらしいのです。彼らがアイディアで乗り切る時に必ずお客さんの喜びにつながることが。ちゃんと楽しくなることが。それは翌日にも、繋がってました。
黒岡さんのお話しも上手だった。ホライズンの流れをちゃんと説明してくれていた。
これはホラの歴史を把握するうえでも相当お得な一日であったと思ます。
そして何より楽しく、0票だけどもちろん、すべていい曲であった!
172曲に捨て曲なし(多分)。
それが一番ヤバイとこだ、ホライズン。
翌日は、ベストテン。でもこの日も黒岡さんは徹夜して準備をしてたことを知っている。伴瀬さんも0票の練習(指導)でほぼ寝ていなかったけど、最後の校正を手伝ってくれた。
ベストテンの日は受付をやらせてもらったけど、お客さん、知らない人がいっぱいいた。なんか女子率高いし!だけど、明らかにみなさんホライズンをめちゃ楽しみに来てくれている!
私はもちろんビーチが何をやるかもベストテンが何かも構成も全く知らなかったので、いちいち感動してしまった。アニメがめちゃめちゃかわいいのと、ビーサンの隠れてるとこを騙されたのが印象的です。そんでシンくんとあーでもないこーでもない言いながら発表をみれたので楽しかった。木琴の音外しまくってるのに爆笑したり。シンくんがすごい楽しんでたので、なんかすごい、いいなあと思った。私は個人的に『万丈一致のテーマ』と『ヒロナリとモモナリ』が両日でも聴けなかったのが残念です。ずっと出だし(今年もいいとうもろこし)が気になっていた『そぼろ』がビーチバージョンで聴けてよかったです。
『期待』でホライズンが衣装に着替えてたことに皆あまり反応してないのも残念でしたね。
でも期待の新PVはやっぱぐっときました。
ビデオくんもこの日のために大変だったろうなあ、、まだ終わってないみたいだけど、、、。
数々の仕込みをきちんとひとつのイベントとしてスマートに披露できたのではないかと私は感じてるんですが、みなさんはどうだったのかな。
盛り上がったなあ。
あの演奏だけでも充分恍惚に浸れると思うけど、さらに場をひとつにまとめあげてしまうホライズンの力ってのは凄まじいです。
操作ですよもう。操作。
そうゆうのは一朝一夕でやれてることではないし、でも機転というのもフルに発生していて、年期と瞬発力、つまり進化ですか。
大袈裟にきこえても言えるだけ言っとこうとしています。
そして前日同様、人によっては力技ともおふざけともとれるかもしれぬあの舞台が、最終的になんか幸せになるというホライズンランド!よくわからないけど一体感!さくらしたさんも言ってましたけど、あんなのは大人になるとなかなかないランドです。ほんとに夢であり、愛であると思います。結果的に。
結果的にってのが、いかす。
解説の後記に書いたように私は信じているので、ついていけばいいんだ、と思ったんです。黒岡さんに、ホライズンに。だから望まれたことをするだけだったんだと思います。
そうして
全曲解説の編集が終わりベストテンが終わった今でも私はホライズンの音源をリピートしています。朝起きたらまずホライズン聴きたいと思う。これはほんとです。麻薬です
20111217
武蔵野
松倉如子300人の投げ銭ライブ
よかった。行ってよかった。
一回目行って、二回目は行ってないのだけども
演出もステージもグレードアップして洗練されてて、松倉さんがひとりでこれを開催したのかと思うとほんとにあの人はすごい。
ひとりといっても今回は勝さんのほかにチョップリンさんと伴瀬さんがステージにあがり
舞台美術を田沢さん、衣装をbambiさんが担当して、PAの方もいたし映像をとる人もいたと思うし、受付とかキャラメルとかもだし
松倉さんひとりじゃないのが、そういうのがよく見えるステージに思えたので
とてもよかった。
そしてそのひとたちを呼んだ松倉さんの選択がいいなあと。
おまつとまさる氏の前では、私は純粋にお客さんとして感動できるし、あの姿をみているだけで心を揺さぶられる。圧倒されて委ねることができる。
松倉さんの声はほんとに素敵だったです
いろんなことを感じましたよ、もっと。
よかった。行ってよかった。
一回目行って、二回目は行ってないのだけども
演出もステージもグレードアップして洗練されてて、松倉さんがひとりでこれを開催したのかと思うとほんとにあの人はすごい。
ひとりといっても今回は勝さんのほかにチョップリンさんと伴瀬さんがステージにあがり
舞台美術を田沢さん、衣装をbambiさんが担当して、PAの方もいたし映像をとる人もいたと思うし、受付とかキャラメルとかもだし
松倉さんひとりじゃないのが、そういうのがよく見えるステージに思えたので
とてもよかった。
そしてそのひとたちを呼んだ松倉さんの選択がいいなあと。
おまつとまさる氏の前では、私は純粋にお客さんとして感動できるし、あの姿をみているだけで心を揺さぶられる。圧倒されて委ねることができる。
松倉さんの声はほんとに素敵だったです
いろんなことを感じましたよ、もっと。
20111102
東京の演奏2011 を終えて
あの日の東演にはいやに熱気があった気がする。
あれをみた人はどう思うんだろうと。
もう結果でしかないですね。自分のやりたいこととかもう、そこにはないね。いつだってそうゆうもんです。
それもこれも山下三四郎さんをよんだことが大きいと思います。
あの日、山下さんがいなかったら路線が違っていた気がする、、、。
正直それがいいのか悪いのかわからなかったんだけど。
でもやっぱり、あれが東京の演奏なのか、ときかれたらやはり「そうだ!」と言えるので、きっと、むしろ、山下さんがいてくれてよかった。
やはりあの人はすごいなと改めて思います。
そのすごさの実体は私にはまだわからなくて、そこがまた憧れでもあるのです。
パンツがないよ 模造紙あるよ
即興で始まった山下三四郎さん(初めて観た)のライブは、実際とてもよかった。ソウルフルだった。
アクトとしてもちろんのこと、曲が良いし唄も良い。
可能性という言葉は彼のためにあるのではなかろうか。決まりきったことは何ひとつもない、どこへでも行く可能性を私たちに感じさせながら演奏をしていく。彼と同じことは誰も出来ない。
フレンドリー吉田氏が彼に対して「知性」という言葉を使っていました。はっとした。あまりに私は彼らの(おもにとんちれこーどの人たちに関しての)知性を享受することにあたりまえになってしまっていたけど、ソレだ!と思う。
ど れ だ け ! バカなことをしていても、知性があり品があるから、私はあの人たちに好意と敬意を持つんだと思います。
林谷さん、コボちゃんが参加、Mr.ホワイト片岡さんがまたからまれてましたね。
あだち麗三郎クワルテット。
クワルテットの演奏に何か私が伝えられることなどあるかしら。
よかったとか、いいとか、私が褒めても仕方ないような、、、
あだちクワルテットの素晴らしいところは多分山ほどあるし、音楽的なところに関しては私は何も言えないので。
私が思う、言える彼らの良さといえば、クワルテットはとても気持ちが良いということ。
何をやっていても、聴いた人誰にでもすんなりと曲を気持ち良く聴かせてしまうと思う。
それはつまりあだちくんの曲の良さを伝えやすくしているということなのかな。スゴク雰囲気があるのに、なんだかとても大衆的なカンジがする。そこがカッコイイと思うんです。
伴瀬さんは「ジブリの一番いいとこで使われる音楽」と言ってた。
あだちゃんの音源を私は、正直に言えばいつでも気軽に聴くっていうかんじじゃない。でもきいたときにはやっぱり曲が染みついていて、まるでそこにいる「私たちの」テーマソングかのような気分で、懐かしいような、大切な気持ちになる。きっと最後に私たちを助けてくれる音楽は、こうゆうのなんだろうと思うんだ。
山下さん(やましたさん?あれ誰?)が参加しておなじみの名曲「富士山」、
伴瀬さんも参加して、「六月の夜の都会の空」を。
伴瀬朝彦さんはソロをエレキギターとピアノで披露してくれたわけですが
一曲目から緊張感があって、良かった。当然、良くないと、伴瀬は、イカン。ばんせなんだからな。
ピアノで「サンボとおでかけ」、この曲初めて聴いた。
「小心者讃歌」はアルバム「ライブ」の中で一番好きな曲と言える、これも実は私ライブで初めて聴いたみたいなんですが、アルバムではメンバー紹介が入っているため歌われていない、知らなかった歌詞が!
いいじゃないかこの歌詞!
そしてソロではピアノが多い「タワー」をギターで、などなどマニアックな悦びがありつつ、あだちクワルテットによる演奏も。→伴瀬クインテット
伴瀬+クワルテット、「既に良い」と事前のブログに書きましたが、こういう「良さ」かと。
どのアナホールでもなかっただろうし、アナホールではないであろう、良さ、おしゃれ度。新鮮だった、、、!
今年生まれのとんち新メンバーである さん と、その父である片想いの片岡シン、東演を観にきていたホライズン黒岡まさひろも登場して、すっかり大騒ぎなカンジになったなー。
身内でスミマセン。
さん はほんとにおとなしくていいこにしてて、びっくりする。そして山下さんの声が好きみたいだ。
その流れでのフレンドリー、演奏するフレンドリーよりお客さんがフィットしづらかったかもしれないと気になりましたが、、、
friendly hearts of japan 、今年の東京の演奏が開催できたのは、彼らをよびたいと思って、そして来てくれたから。
ほんとは新しいアルバムをもってきてくれる予定だったんだけど、なかったわ。(ご期待)
音楽を聴いたり観たり続けていると、複雑なものとか、難解なものとかがどんどん面白くなったりするけど、やっぱりもともとはビートルズが好きだったり、ヨーロッパのインディーズにはまってジャケ買いした時期があったり、たまにオルタナっこの血が騒いだり、そうゆうのは世代にもよるけどみんななんかしらあると思います。
そういうシンプルな気持ちをかきたててくれるバンドだったのです、フレンドリーは。
そしてもちろんそれだけじゃなくて、そのシンプルさの中になんとゆーこだわりを持った、持ち続けている人たちなんだと、初めて観た時に思いました。
あの三分足らずの曲達が、どれだけこだわりを持って構築されているのかが、そのときなんとなくわかった。
彼らが「こだわり」だと思っているかはわからないけど、さらっと演じられている曲のなかに「なんか」が凝縮されてなきゃ、あんなに良い曲がむしろあんなにさらっと演奏されるわけがないと。
そしてそのさらっとした佇まいがどんなにかっこよく感じたことか。
エフェクトもない。持ってくるのは楽器とギターアンプだけ。ほぼユニゾンのコーラス。
押しつけのない潔さ。
永遠の憧れってのはああゆうバンドでしょう。
だからフレンドリーは私にとってアイドルでもあるのです。
なんだかアホみたいな言い方だけど、ガイジンみたいなんだよな、フレンドリー。
メロディに関してもですよ、雰囲気とかキャッチーさとかでメロディメーカーと呼ばれる人は意外といっぱいいると思うんだけど、フレンドリーにはそこにあとひと味、何かが!なにかがある!その何かが自分の中に螺旋を起こして、何度も聴かずにはいられずに、聴くごとに感動をそそるのです。
歌詞も隅々まで素晴らしいんだけど、ひとつ挙げれば、アンコールの前の最後にやった曲、「ありがとう」って言葉が入ってる。その前にどんな歌詞があったのかはよくわかんないんだけど、それが何に向けてであっても(もしかしたら逆説的なもんかもしれないんだけど)「ありがとう」って言葉が伝わるわけで、ささやかに救われる人がいるんじゃないのかなあとか思って私は七針に行く車の中であの曲を聴かせてもらって、泣きそうになりました。
そうゆう
ささやかさが滲みる、フレンドリー。
ささやかな生活を送っているであろう、と推測する、大阪の人とは思えない静かな(失礼)あの人たちそのものも、とても好きです。
またあいたい。
正直言って
あの日に彼らの良さを知るのは難しかったかもしれない。何故私がフレンドリーを東演に呼んだのか、どれくらい伝えられたかわからない。
小鳥美術館の時も実はちょっとだけそう思ったし、次に呼びたいと考えてる人もそうなる気がする。
個人の好みなら伝わらなくていいものかもしれないけど、私はおいそれとは呼んでないぜという自負があるから、東演に呼ぶのは特別なことだと自分だけは思ってるから、それはちょっと気になるところです。
でもなんかむしろ、そうゆうことをやればいいのかもしれないと今回思いました。
わかってもらえなくてもいい、というのとはもちろん違うんだけど、自分が心動かされたものを自信を持ってみてもらうことを続けたいし、お客さんのちょっと先を行くくらいじゃなきゃいけないような、はやる熱情だけでもいいんじゃないかというような、なんだかそんな気持ちです。
トータルで今回の東演がどんなだったのか
毎度ながらいまいちわかりません。
私がそんなでも、楽しかったとか、よかったとか、言ってくれた、あなたたちの言葉を信じます!!
そうです。
最後になってしまいましたが
そして続きがありますように。
結局当日というのは、私は何もしていない。
お客さんと、演奏してくれる人と、場所が、いつの間にか何かを創ってくれる。
出てくれる人はもちろんのこと、東演はお客さんが素晴らしいと毎回のように思います。今回は、お客さんのレベルも更に上がっているように感じた、、、!これは負けていられないってことですね。
がんばんべ!
それから、使わせていただいて七針がもっと好きになりました。
円盤の田口さんとハポンのモモジさんと七針の林谷さんに共通するものがある。
それは言ってしまうと何か違ってしまうかんじするので言いませんが。
あらぴー→円盤→ビーサンちの玄関→440→伴瀬んち→フレンドリー、と大阪へ行ったアルフマスクは次はどこへ行くのか。あなたのところかもしれませんよ!
あれをみた人はどう思うんだろうと。
もう結果でしかないですね。自分のやりたいこととかもう、そこにはないね。いつだってそうゆうもんです。
それもこれも山下三四郎さんをよんだことが大きいと思います。
あの日、山下さんがいなかったら路線が違っていた気がする、、、。
正直それがいいのか悪いのかわからなかったんだけど。
でもやっぱり、あれが東京の演奏なのか、ときかれたらやはり「そうだ!」と言えるので、きっと、むしろ、山下さんがいてくれてよかった。
やはりあの人はすごいなと改めて思います。
そのすごさの実体は私にはまだわからなくて、そこがまた憧れでもあるのです。
パンツがないよ 模造紙あるよ
即興で始まった山下三四郎さん(初めて観た)のライブは、実際とてもよかった。ソウルフルだった。
アクトとしてもちろんのこと、曲が良いし唄も良い。
可能性という言葉は彼のためにあるのではなかろうか。決まりきったことは何ひとつもない、どこへでも行く可能性を私たちに感じさせながら演奏をしていく。彼と同じことは誰も出来ない。
フレンドリー吉田氏が彼に対して「知性」という言葉を使っていました。はっとした。あまりに私は彼らの(おもにとんちれこーどの人たちに関しての)知性を享受することにあたりまえになってしまっていたけど、ソレだ!と思う。
ど れ だ け ! バカなことをしていても、知性があり品があるから、私はあの人たちに好意と敬意を持つんだと思います。
林谷さん、コボちゃんが参加、Mr.ホワイト片岡さんがまたからまれてましたね。
あだち麗三郎クワルテット。
クワルテットの演奏に何か私が伝えられることなどあるかしら。
よかったとか、いいとか、私が褒めても仕方ないような、、、
あだちクワルテットの素晴らしいところは多分山ほどあるし、音楽的なところに関しては私は何も言えないので。
私が思う、言える彼らの良さといえば、クワルテットはとても気持ちが良いということ。
何をやっていても、聴いた人誰にでもすんなりと曲を気持ち良く聴かせてしまうと思う。
それはつまりあだちくんの曲の良さを伝えやすくしているということなのかな。スゴク雰囲気があるのに、なんだかとても大衆的なカンジがする。そこがカッコイイと思うんです。
伴瀬さんは「ジブリの一番いいとこで使われる音楽」と言ってた。
あだちゃんの音源を私は、正直に言えばいつでも気軽に聴くっていうかんじじゃない。でもきいたときにはやっぱり曲が染みついていて、まるでそこにいる「私たちの」テーマソングかのような気分で、懐かしいような、大切な気持ちになる。きっと最後に私たちを助けてくれる音楽は、こうゆうのなんだろうと思うんだ。
山下さん(やましたさん?あれ誰?)が参加しておなじみの名曲「富士山」、
伴瀬さんも参加して、「六月の夜の都会の空」を。
伴瀬朝彦さんはソロをエレキギターとピアノで披露してくれたわけですが
一曲目から緊張感があって、良かった。当然、良くないと、伴瀬は、イカン。ばんせなんだからな。
ピアノで「サンボとおでかけ」、この曲初めて聴いた。
「小心者讃歌」はアルバム「ライブ」の中で一番好きな曲と言える、これも実は私ライブで初めて聴いたみたいなんですが、アルバムではメンバー紹介が入っているため歌われていない、知らなかった歌詞が!
いいじゃないかこの歌詞!
そしてソロではピアノが多い「タワー」をギターで、などなどマニアックな悦びがありつつ、あだちクワルテットによる演奏も。→伴瀬クインテット
伴瀬+クワルテット、「既に良い」と事前のブログに書きましたが、こういう「良さ」かと。
どのアナホールでもなかっただろうし、アナホールではないであろう、良さ、おしゃれ度。新鮮だった、、、!
今年生まれのとんち新メンバーである さん と、その父である片想いの片岡シン、東演を観にきていたホライズン黒岡まさひろも登場して、すっかり大騒ぎなカンジになったなー。
身内でスミマセン。
さん はほんとにおとなしくていいこにしてて、びっくりする。そして山下さんの声が好きみたいだ。
その流れでのフレンドリー、演奏するフレンドリーよりお客さんがフィットしづらかったかもしれないと気になりましたが、、、
friendly hearts of japan 、今年の東京の演奏が開催できたのは、彼らをよびたいと思って、そして来てくれたから。
ほんとは新しいアルバムをもってきてくれる予定だったんだけど、なかったわ。(ご期待)
音楽を聴いたり観たり続けていると、複雑なものとか、難解なものとかがどんどん面白くなったりするけど、やっぱりもともとはビートルズが好きだったり、ヨーロッパのインディーズにはまってジャケ買いした時期があったり、たまにオルタナっこの血が騒いだり、そうゆうのは世代にもよるけどみんななんかしらあると思います。
そういうシンプルな気持ちをかきたててくれるバンドだったのです、フレンドリーは。
そしてもちろんそれだけじゃなくて、そのシンプルさの中になんとゆーこだわりを持った、持ち続けている人たちなんだと、初めて観た時に思いました。
あの三分足らずの曲達が、どれだけこだわりを持って構築されているのかが、そのときなんとなくわかった。
彼らが「こだわり」だと思っているかはわからないけど、さらっと演じられている曲のなかに「なんか」が凝縮されてなきゃ、あんなに良い曲がむしろあんなにさらっと演奏されるわけがないと。
そしてそのさらっとした佇まいがどんなにかっこよく感じたことか。
エフェクトもない。持ってくるのは楽器とギターアンプだけ。ほぼユニゾンのコーラス。
押しつけのない潔さ。
永遠の憧れってのはああゆうバンドでしょう。
だからフレンドリーは私にとってアイドルでもあるのです。
なんだかアホみたいな言い方だけど、ガイジンみたいなんだよな、フレンドリー。
そうゆうバンド、90年代には結構みてたけど、どっかいったし、でもフレンドリーはかっこいいままで、いる。
「スタイル」じゃなくて、「音楽」だからなのかな。
メロディに関してもですよ、雰囲気とかキャッチーさとかでメロディメーカーと呼ばれる人は意外といっぱいいると思うんだけど、フレンドリーにはそこにあとひと味、何かが!なにかがある!その何かが自分の中に螺旋を起こして、何度も聴かずにはいられずに、聴くごとに感動をそそるのです。
歌詞も隅々まで素晴らしいんだけど、ひとつ挙げれば、アンコールの前の最後にやった曲、「ありがとう」って言葉が入ってる。その前にどんな歌詞があったのかはよくわかんないんだけど、それが何に向けてであっても(もしかしたら逆説的なもんかもしれないんだけど)「ありがとう」って言葉が伝わるわけで、ささやかに救われる人がいるんじゃないのかなあとか思って私は七針に行く車の中であの曲を聴かせてもらって、泣きそうになりました。
そうゆう
ささやかさが滲みる、フレンドリー。
ささやかな生活を送っているであろう、と推測する、大阪の人とは思えない静かな(失礼)あの人たちそのものも、とても好きです。
またあいたい。
正直言って
あの日に彼らの良さを知るのは難しかったかもしれない。何故私がフレンドリーを東演に呼んだのか、どれくらい伝えられたかわからない。
小鳥美術館の時も実はちょっとだけそう思ったし、次に呼びたいと考えてる人もそうなる気がする。
個人の好みなら伝わらなくていいものかもしれないけど、私はおいそれとは呼んでないぜという自負があるから、東演に呼ぶのは特別なことだと自分だけは思ってるから、それはちょっと気になるところです。
でもなんかむしろ、そうゆうことをやればいいのかもしれないと今回思いました。
わかってもらえなくてもいい、というのとはもちろん違うんだけど、自分が心動かされたものを自信を持ってみてもらうことを続けたいし、お客さんのちょっと先を行くくらいじゃなきゃいけないような、はやる熱情だけでもいいんじゃないかというような、なんだかそんな気持ちです。
トータルで今回の東演がどんなだったのか
毎度ながらいまいちわかりません。
私がそんなでも、楽しかったとか、よかったとか、言ってくれた、あなたたちの言葉を信じます!!
そうです。
最後になってしまいましたが
足を運んでくれたおきゃくさま。
来てくださってほんとうに感謝しているし、嬉しかったです。
楽しみに思って待っててくれた人たちがいたことも、嬉しかった。
楽しみに思って待っててくれた人たちがいたことも、嬉しかった。
いつもそれは言葉だけで終わってしまいそうになるけど、あの長丁場を笑顔で楽しんでくれたみなさんのことを忘れないでいたいと思います。
そして続きがありますように。
結局当日というのは、私は何もしていない。
お客さんと、演奏してくれる人と、場所が、いつの間にか何かを創ってくれる。
出てくれる人はもちろんのこと、東演はお客さんが素晴らしいと毎回のように思います。今回は、お客さんのレベルも更に上がっているように感じた、、、!これは負けていられないってことですね。
がんばんべ!
それから、使わせていただいて七針がもっと好きになりました。
円盤の田口さんとハポンのモモジさんと七針の林谷さんに共通するものがある。
それは言ってしまうと何か違ってしまうかんじするので言いませんが。
フレンドリーへのおみやげとしてアルフレッドのデスマスクを持って帰ってもらいました。
トんでるな、、、眼鏡しか写ってないな。
あらぴー→円盤→ビーサンちの玄関→440→伴瀬んち→フレンドリー、と大阪へ行ったアルフマスクは次はどこへ行くのか。あなたのところかもしれませんよ!
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