20101220

バンパクまつり

今週!?


KDハポン





昨年に続き東演×MC.sirafuの会心の作ー(こうみえてもすべて今年のための描き下しです!ねんのため。)

我々に作らせてくださった、モモジさんありがとうございます。

20101205

とうえん!2010

いま長野のビジネスホテルでこれをアップしています。
長野は寒い。寒さがとてもきもちいい。

こないだの木曜日、東京の演奏2010、無事おえることできました。
想いが多くて書ききれないけど、書いていこう。
反省は、おいといて。


あの日。
私が一番驚いたことは、みてくれたみなさんがかけてくれた声は、みんな「楽しかった」だったこと。
素晴らしい演奏、と言う前に楽しかった、とゆう言葉が出てくること。

きっとみんなが演奏を素晴らしいと思っているのに、それを体験したことを表す言葉がまず楽しかった、だったこと。
そんな素敵なことない。
だって音楽だから。ライブだから。

体験してくれたからだと思います。
みてくれたみなさんが、あの場を真剣に体験してくれたから。


仰々しく、今年最初で最後の東演とか言ってしまったけど、たくさん企画をできないことがつらかった。素敵な音楽はたくさんあるのに、場所を作れないことはほんとにいやだった。
それでも、私は意味がほしかった。私が大切だと思う、目に見えないものが、見えるような企画をやりたかった。
特別なことを、あたりまえに、やりたかった。

だったらほんとにやりたくなるまでやらなくていいんだと言ってくれたあの人の言葉を、いま思い出しています。

だから、それがついに、やろう、って思えたこと、やらせてもらえたこと、やってもらえること、それが決まっただけで、私はほんとに嬉しかった。
それは、私の個人的なことで、誰にも関係ないことかもしれない。
けれども、そんなことは知らなくても、来てくれたみなさんは汲んでくれたんだと、私は思ってます。
この日が特別だということを。


いつも、いつも、私はお客さんに救われています。助けられています。
自分がどんなにいいブッキングだと思ったって、みてくれる人たちがいなければ一切意味がない。
みてくれて、感じてくれて、楽しんでくれるお客さんのみなさんがいるから、私はやってよかったんだと思えるし、はっきり言って東演のお客さんは良い。どのお客が悪いとかゆう話じゃない。
イベントをみたひとならわかると思う、あの場にできる大切な空気は、誇りです。

それをつくってくれるのはみてくれてるひとたち。
それを私は言いつづけたい。それがライブであり音楽だということを。


オラリーが言ってた。素敵なひとばかりが集まると。私はそのことだけに関しては誰より恵まれていると思う。私のまわりにいてくれるひとたちは、素敵なひとばかりだ。
だから思うのです、ここにおいで、と。



当然、
素晴らしいひとたちが集まるのは、素晴らしい音楽があるからです。



それをみせてくれたのは、なつやすみバンド、小鳥美術館、片想い。



私はこのイベントをするのにあたり、なつやすみのことを全然宣伝していない。何度かライブをみたけれど、ブログも書いていない。
その理由は、なつやすみの音楽に私はひとことも、何も書けなかったから。
彼らの音楽に対し抱く感情は私なんかには言葉にできなかったし、したくなかった。それはとても大切な感情だったのです。
大高くんが抜けてシラフが入ってという過程にあっても、信頼していた。
12月2日にあの演奏をしてくれることはもちろん予想のつかなかったことだけれど、何も不安はなかったし、お客さんもきっと知ってくれると確信してた。
私にはこれからなつやすみバンドがどうなっていくのか想像がまったくつかない。想像したところで、私の考えなどはるかにしのぐことはわかる。
素晴らしいバンドです。


名古屋からきてくれた小鳥美術館、初めて東京のそとからお呼びした音楽。
VIDEOTAPEMUSICと名古屋に行ったとき、出逢いました。
あのとき私は、初めて音楽というものを聴いたかのような感覚になった。
音楽を聴いている!みている!という感覚と、きてよかったという感動で、どんどん涙が出てきた。
それを、東京のみんなに、みてもらえたこと。
何故私たちが小鳥を呼びたかったのか、知ってもらえたこと。
ほんとに嬉しい。

館長と、飼育係、ふたりの存在そのものが美術館なのだと私は思ってる。
楽曲の美しさ。オリジナリティ。物語。ユーモア。奇をてらわない必然の演出。
それは音楽に付随する演出ではなく、演出そのものも音楽。
なにをもって音楽か、言葉にできないことが、小鳥美術館に展示されている。
彼らは謎のホームページしか持たない、オリジナルの音源もマイスペもない音楽家。小鳥美術館のライブをみられることは、どんな高価なチケットを手に入れることより価値がある。

ライブ後大仏になりました。スミマセン。


その、価値というのはすべてのことだ。私にとっては
有名とかそうじゃないとかいいとかわるいとか
そんなことより、すきなもの。それになにより価値がある。


そんな、愛するバンドである片想い。
あのひとたちに言うことはなにもない。
ただ彼らのライブを信じてるだけ。
管によせて、の、シンくんのあの召還。ああ!
シークレットで轟渚さんがでてくれました。みんながびっくりしてくれて嬉しかった。
すべてを、
国境、
二曲を、うたいあげてくれた。素晴らしかった。
そうゆうのは、すべて出逢い。
ceroのあらぴー、はしもと、たかぎくんが参加してたことも、私はいつも出逢いを思う。
そこにも、はっきり言って愛しかない。
繋がっていくことのダイナミズム。
そうゆうのを感じることは何よりも意味があって、楽しいと思うんだ。

踊りがホライズンの期待ダンスだったこと。

倉林さんの料理解説。
倉林さん、入り時間からずっとひとりで、あれだけのごはんを作ってくれました。
あんな、おいしいものを。
優れた音楽家に音楽をさせず。
でもきっと、倉林さんには音楽も料理もおなじ。
私たちも同じように、いただき、感動し、いただく。
おいしかった、と反芻する。
また食べたい、と思う、こと。
倉林さんはもうすぐ予約制のお店をひらきます。
必ずや予約させていただきたい。


とんちれこーどの連なり。
私はそれにどれだけ嫉妬し、あこがれ、恩恵をうけているか。


片想い、東京ではしばらく演奏しないとのこと。
東演にケンカ売ってますね。
正直、そのことに私はあんまし何も思わない。興味ない。
それはただのおもいつきで、ただの「流れ」だと思うから。
いつまでやらないのか、どこまでが東京なのかわかんないし。
でもね、
片想いが演奏するならきっとどこでもついていくひとがいるし、
きっとどこでも感動を与えていくんだろうと思うと、
それは普通のことではないすごいことだと思う。

片想いが愛されているから、与えてくれるものがあるから信じる。
それを悪い意味では裏切らないでほしい。どんなかたちになっても。

ただ、シンくんがどさくさで
よばれようによってはやりますよ
って言ってたから
よびようらしい!
誰がそのよびようカードを切るのか楽しみだ!



イベントのこと。
小鳥美術館をよべたのは、440金杉さんのおかげです。
440のシステムのおかげで、遠征をお願いできたのです。
ライブハウスのシステムのことなんて、みんな興味ないかもしれない。知らなくてもいいことかもしれない。
だけど私はそうじゃないっていう考え。
アマチュアの音楽活動には場所が必要で、それにからむお金が必要なのです。
私のようにコネもお金もなかったら企画はできないことになっちゃう。
安いとかタダとかそうゆうことじゃないんです。
場所と、使うひとが、ちゃんと対等で補いあえなきゃいけない。
これからはそうゆうことをすべての音楽に関わるひとが考えなきゃいけないのです。
そうじゃなきゃ、あなたの愛する場所も、音楽も、なくなってしまうかもしれないんだよ。
なくなってから何を言ったって、意味がないんだよ。


ただもちろん、今回私が440にちゃんと還元できたのかなんて、わかんない、多分できてない。
それでも金杉さんはたくさん相談にのってくださったし、いいイベントだったと言ってくれました。
お客さんがあったかい、とも。


みなさん、
今回はチケット代も普通に2000円だった。
お料理も販売だった。
それでもCD買ってくれたり、お酒のんでくれたり、おこづかいいっぱいつかってくれたよね。
そのせいでいきたかったライブ削るひとだっているかもしんないよね。

そのことにほんとに感謝してる。
お金つかってくれてありがとう。

そんなこと言うと醒めちゃうよというひともいるでしょう。
だけどそれが現実だし、それをかみしめながら私たちは企画やっているんです。


それから。
なべと名古屋にいってなかったら、この日はなかった。
なべには今年ちゃんと出逢って、なんとなく色々かかわってきて、今はディス友達のライバルという設定だけど 感謝してる。いろんなことをね。
みんながなべに頼り、信頼している。
だから今年一回の東演で、なべが一年とりためていた、愛するミュージシャンたちの映像を流せたことがほんとに重要なこと。
ぎりぎりの急なお願いだったのに、頑張って編集してくれたんだ。
素敵だった。

それと、名古屋で小鳥に会えたのはハポンのモモジさんのおかげ。
名古屋で東演やれるのも。



そして、私がいまいい音楽を知れているのは、すべてのミュージシャンのおかげです。私はあなたたちに鍛えられてきた。
何がいい音楽なのか判るようになった。
すべての愛するミュージシャンたち、私を鍛えてくれてありがとう。
でもね、いい音楽と好きな音楽は違う。あなたがその音楽をしているから、その音楽をあなたがしているから、好きなのです。


そして、私とともに成長してくれているみなさん。
別にともに成長してないよ てか。
私はそうゆうふうに感じたんです。私たちはきっとみんなで、気分を共有し、意識を育てている。

それがシーンというものだと、私は思います。


すごくおこがましいことも書いたかもしれないけど、
なにもかも大事なこと。
意見があったらきかせてほしい。


そうゆうすべてのあとに、最初に戻ります。
あの日を楽しんでくれてありがとうございました。
あの日を楽しくしてくれてありがとうございました。
あそこにいたすべてのひとがつくった、一日。
それが何よりも音楽的だと、東京の演奏は思っています。


追記。
でもあの日、楽しめていなかったひとがいたことも私は知っている。
それが悔しいとは思わない。
でも私はリベンジをするべきなんだろうと思っています。
よく考えようと思います。
とにかく来てくれてありがとう。

20101128

東京の演奏MAX2010

まもなくですね

ありがとうございますね


東京の演奏2010

12月2日 木曜 @下北沢440

18:30オープン/19:30スタート

料金 前売り2,000円/当日2,300円 ドリンク別。


料理:倉林哲也
アルバム「茶虎食堂」につづき「デモンストレーション3」を発表した、音楽家であり料理人である倉林哲也さんがごはん作ってくださいます。
30食限定販売。いそいできてね


演奏:

小鳥美術館 
(フロム名古屋)http://kotoribijutsukan.web.fc2.com/

ザ・なつやすみバンドhttp://natsuyasumi.hiyamugi.com/

片想いhttp://kataomoi.main.jp/



出張ロジ物販:CDを販売します。


予約は各出演者、東演へ。


何を書こうかいろいろ考えていたけどね、
観たらいいんだってことはきっと予約してくれているみなさん知ってるんだと思います。
今日は灰緑をみてきました。
明日はホライズンをみに行きたい。
いままでいろんなことがあっていろんなことが変わって現状があって先がある。
そうやって今回はこうゆう企画をさせてもらっている。


そんなこたともかく、
音楽と料理とその時間を、楽しもーではありませんか。
きてくれたすべての人が満ちるような夜になりますように。

20101116

かいだんののぼりかた。

穴心×旅の食事、おつかれさまでした!


足を運んでくださった皆様、、、感謝しきれません。
一ヶ月前くらいに急遽決めたことだったので誰が来てくれるんだろかって感じでどきどきしてました。
でもチェンバー、渚さん、いっそんくん、
気合い入れた準備をしてくれていたので、
そして特別なことだと思っていたので、
きっと来てくれるっていうのも感じてました。
だから、みなさんが期待して来てくれたこと、演奏を楽しんでくれたことが本当に嬉しかった。ありがとうございました。


どんなにいい演奏をしてもみるひとが楽しまなければ空間はつくれない。
いい演奏をすればみるひとは楽しめる。
みるひとが楽しめばいい演奏ができる。
すべてが起きれば空間がうまれる。
私はそれを味わえるライブにいつも憧れています。
あの日のロジではそれが味わえた。


はじめてのことがたくさんあった。


河合一尊くんはいっそん名義で初のライブをしてくれた。私も含めほとんどの人がいっそんくんの音楽を知らなかったと思う。
いっそんくんがやろっかなって言ってくれた瞬間から信頼していた。
いい音楽をきかせてくれるだろうってゆうのは。
そしてそれがあまりに、あたりまえなくらいに、ほんとだったから、ほんとすぎてかなりショックでなんも言えねえ。
高城くんよかった。ふたりのコンビネーションはあまりに馴染んでたし、伴瀬とえんちゃんそれぞれとの共演をみても、いっそんくんという人同様に彼の音楽は信頼され敬意を受け、沁みるべくものであった。
これからあの曲たちがいっそんくんの意志でどのような編成でどのように鳴るかを想像すると相当楽しみ。
彼がやる場所をみんなで勝手に作るべきだと思いますよ。


轟渚さん。今回は初めて、伴瀬の伴奏によるライブでした。
それだけでも、みたことがないもの。
渚さんも、
ばんせも、
私がみたことがないそれぞれだった。
まったくあのふたりでこそ出来るライブだったんだけど
私がいいなと思ったのは、どちらかといえば高尚さよりあたたかさがあったこと。
素敵だけど、面白かったこと。
渚さんがばんせの「荷造りハリネズミ」をうたった。
渚さんは初めてだという弾き語りをしてくれた。
スペシャルだけどあたりまえに馴染んだ感覚があって、それが素晴らしかったと思う。


えんちゃんをみてるとあれだ。自分は何をだしおしみしているのか、と思う。遠慮のないほどの愛情っぷり。
チェンバーアナホールトリニティは、前の二組の効果かロジの効果か
いつもより少し和やかな、つまり和を感じる雰囲気があったように思う。
楽しい室内楽だった。
私はアナホールよりチェンバーのほうがいいなと思ってた時期もあったけど、今は次のアナホールのライブに期待する。
アナホールきてると思うんだよ。


あいかわらずうまく感想がかけないものの


この日のばんせは凄かった。いつもよりすごいのではなく、ばんせのポテンシャルが存分に堪能できたから。非常に音楽的で、まさにばんせ音楽の日であった。
そうなんだ、この夜のロジはとても音楽的だった。
音楽的といっても難解ではなかった。
人と人の音楽が繰り広げられていた。
おきゃくさんも含め。
私がイベントでやりたいと思っていることを、全てのひとが実現してくれた。
そこに素晴らしい音楽がなければ私は何もできない。
応えてくれるひとがいなければ何もできない。
それなのに、ああゆう夜を体験できることがとても幸せです。


ああゆう夜の意味がそこにいたひとにしかわからないことも、
ライブの大きな魅力だと思うしね。
うれしさもくやしさもぜんぶね。


そしてこのイベントをするにあたり迷惑かけてしまったひとや協力してくれたひと、すべて、私たちはたくさんの全部のおかげで、できたこと。ありがとうございます。


それからるみさんとしょうちゃん、今回もありがとうございました。
みなさんまたロジで会いましょう。

20101112

穴心×旅の食事

ロジライブです。

11月13日(土)
@阿佐ヶ谷ロジ

「穴心×旅の食事」

出演:

河合一尊 +高城晶平

轟渚 +伴瀬朝彦

チェンバーアナホールトリニティ
(伴瀬朝彦 遠藤里美 河合一尊)

開場19時 開演19時30分
チャージ:ワンドリンクオーダー、投げ銭


一尊くんがソロやります。
河合一尊名義でやるのは初めてだそうです。
いいにきまってら。

渚さん出ていただきます!
しかも今回はなんとー ばんせと!期待大!

チェンバーはなかなかのおそろしいユニットです。
アナホールのコンパクト版ですが、いっそんくんはエレキギターだよ。
みたことないかた是非

というか
みたことないブッキングでしょうが。楽しいぞ、これは。

とんちれこーどのエース、ばんせの「穴心」と東演の新シリーズのたっぐでありんす


きてくださいー!!
 

20101111

片想インザハウス

これでまだ4度目だけど。ハポンにライブをみるために名古屋に行くこと。
それは楽しいことしかない!
ライブ前に街をぶらつくうちも含め、名古屋では何が起こっても楽しい。旅のテンションだけでもなく、名古屋に行くことはそれだけで私にとって大きな確かなおたのしみなのだ。


ハポンに行けば確かなものがあること。
いつもこうじゃないとモモジさんは言ってた。
もしかしたら私は観光気分なだけかもしれない。
同じことなのかもしれない、東京でも。
だけど少なくとも、空間として、東京でハポンに及ぶ場所は知らない。


今回は一年ぶりのハポンの片想いだった
彼らは前日の神戸の旅の流れを持っていた
けど私は神戸にはいかなかったから、違うテンションを覚悟して観に行ったよ。


いつも思う。東京でも。ライブハウスに足を運んで、演奏の前に片想いの人々ひとりひとりに会っただけで、それだけで私は来てよかったと思ってしまう。
彼らが迎えてくれる意味を私は必要以上に感じてしまう。私はこの人たちに会うために来たんだ、と思う。



この日のイベントは三組、
Drag and Drop、カタリカタリ、片想い


最初のDrag and dropが始まった時から、名古屋という場所に圧倒された。
私は名古屋のライブハウス、ハポンにしか行ったことはない。
けれどハポンにいくたびに、東京では観られないものを知る。
東京でこうゆう音楽があるだろうか?
似ているものを想像しても違う、名古屋の音楽の豊かさを思い知らされるような。
土地独特の空気感もあるのかもしれないけど、それに縛られている音楽ではない。


そして小鳥美術館のふたりが素晴らしいと言ってたカタリカタリを楽しみにしていた。その期待には緊張感すらあったのだけど
演奏を観たらそうゆう緊迫ではなく、もっとシンプルな感動だった!
こんなにかっこいいバンド知らない、と思った瞬間があった。
あんなメロディきいたことないとも思った。
忘れたくない。どうにかしてまた観たい。


そうゆう熱の中で最後に演奏した片想い
ceroの三人を含めMAX11人!
当然音はわいのわいのしてたかもしれない。
実際絵面カオスだったし。
けどそれが片想いだと思った
私は片想いの演奏が今日はいいとか悪いとかなんていつも考えない。


それよりも彼らに求めることは、その「場」をどうするのかということ
そこにいる私たちにに何を及ぼすか
片想いはそうゆうバンドだと思ってる。


片想いの楽曲は素晴らしい。けれど誰が演奏してもいいわけじゃない。
彼らがやるから片想いなんだ。
音楽は人だ。
それが彼らに会いにいく、ということなのです。



それと同じように、ハポンにはモモジさんに会いに行っているのかもしれない。
小鳥美術館のふたりにも会えた。
ミステイクが来ててびっくりした。
その場所でひとに会うということ、
その場所で音楽に会うこと。いっしょだ。



あんな片想いはみたことがなかったし、あの片想いはもう観られない。
これからどんなよい演奏をしてもよいシチュエーションでも、
この日のあのライブはもうこの日だけしかできなかった、味わえないものだったと思う。
一回一回のライブ、それは当たり前かもしれないけど
この時のハポンは当たり前じゃなかった。



きっと片想いとceroにとっては前日の神戸で良き体験をしたこと
ステージと客席の境のないハポンとゆう空間、音楽の場所としてのスタンス
素晴らしい共演者
それをセッティングしてくれたモモジさん
カタリカタリにアンコール、片想いには二度のアンコールをしてくれた名古屋のお客さんたち
わけがわからないうちに空間が構築されて
私にはそのエネルギーが目に見えるようだったし

そうゆう全てが尋常でない密度の瞬間をつくっていた。



(もっといえば去年のcero想いツアー
さらにいえばいくらでもいえる、個人的なことだっていっぱいある
オラリーとたかぎくんの共演とかだって(笑))



そうだよ私は、思い入れがあるだけなのかもしれない。
だけど音楽の楽しみにそれが必要ではないとは思わない。
私はそうゆう気持ちを求めて音楽に関わりたいのだ。
そうゆうものだと思い続けたい。
だから今回名古屋に行って、あそこであの片想いをみることができて、よかった。
私はこうゆう瞬間のために音楽をみているんだと思う、その瞬間だった。




台湾ラーメン食べられなかったのが心残りなので、また行きます。




てか次回はバンパクまつりなのか!?

きっと素敵だよ。

なんだか明るいかんじしか、想像できない。





 

20101024

期待パーティー


こちらはちーむチームうっどウッド
ある日の。






こちらはホライズン山下宅配便




「期待パーティー」
なんつうか期待を超えるパーティーでした。

ドラムはスネアとハットとカウベルだけの(あれはスネアじゃないし)セットでありんしたが
そうゆう日の演奏も、さすがのホライズンさんでありんす。


演奏→調理VTR→食事(期待の曲間のこと)→レクリエーション
という
恐るべし幸せな構成。


楽しかったね。すばらしかったね。



神々の期待にこたえ、



ともだちとハンバーグを食べます。(しまだくん)









感激の渦。

20101011

名古屋の演奏だーー

東京の演奏が名古屋におじゃまします〜!!

タイニーバンパクとの年忘れ共同企画!

東京×名古屋バンパクまつり
12/26、日 17:30/18:00

出演:
【名古屋】KARESI/スティーブジャクソン/紙コップス/葉っぱの裏側シスターズ/HADA
【東京】ファンタスタス/Alfred Beach Sandal/灰緑


もちろん会場は鶴舞KDハポンだ!!

ついに東演遠征!
しかもハポン!
モモジさんに誘っていただきました。
嬉しいんだよー。





2010東京の演奏は

12/2 @440 小鳥美術館/ザ・なつやすみバンド/片想い

12/26 @KDハポン バンパクまつり


と、なります。みてください。
入魂!

20101005

灰緑

ハイミドリの里帰り 2デイズ


灰緑はメンバーが抜けて、新しいメンバーを迎え、再生しました。
そしてようやっと東京は無善寺に戻って参りました。
パズーとハトたちは関係ありません。
その間には関西や北関東でめちゃライブやっていた。


灰緑はメンバーがそれぞれに仕事を持ってて忙しいうえ
遠距離というハンデもついた。
普通にバンド活動するうえでもとてもハードなことだ。
でもそれは逆に今まで以上の遠征を可能にしたともいえるのかもしれない。


今月は新潟、
来月は大阪で2本、東京で3本のライブをするらしい。


彼らがやめなかったことと、
今のスタンスを確立しようとしてることは、
彼らが馬鹿じゃなかったことが証明されて、誰より賢いことをしているという希望。
なんにせよ敬意を払って一回一回のライブを観たい。


ようするに逆境を(力技だとしても)はねかえしたのは
根性やら友情やら以上に、彼らの『センス』でだと、私は思っている。
そうゆうセンスを持っているから、彼らが好きだ。
そうゆう灰緑に多くのひとが慕い手を貸すのは当たり前で(それは今まで彼らが培ってきたことの結果だし)、そうあるべきだ。


とはいえ、本当はわざわざこんな説明する必要は無いのだし、
こんな前置きがあろうとなかろうと灰緑のライブにはなにも関係がない。
ただもー目の前で起こっていることに夢中になれるだけだ。
おさむちゃんに「こっちゃんのキレが戻ってきた」と言われたのは
灰緑があたりまえになったからだと思うんだ。
私なんの心配ももうしてない。知らねえ。
いいからライブ観せやがれってもんで。
そうゆうあたりまえの灰緑をいま彼らは客にみせている。
それでもそこには いかとたたかうひとの生活 があるから。
そんなライブ、観る価値はいわずもがな、
ごちそうさまでした。

20101004

cero

無善寺でみたceroになんかやられている。
ずるずるずっと考えている。


その日彼らはいつものコンテンポラリーとかゆうカンジを無視するかのように
あると思っていたスティールパンは無く、管も無く、トリプルギターでロックを奏で出し
いつもの曲が完全にカスタマイズされていた。
珍しいことではないんだよな。
ceroは観るたび今日のことをするし最近はそうゆうのが顕著だし


ただなんかみせつけられた。
でもその前にただわーってさせられてさ。
面白いんだもん。


ceroって別に頭で考えてないと思うんだよなー
彼ら程 下品なくらい貪欲に楽曲に取り組んでるバンドってそういない気がする
まさに貪り欲しているよね
それを狙ってるみたいに思うかもしれないけど
狙いってあたりまえにあるべきだし


彼らの自由さと、その自由を体現できる能力というのはほんとに恐ろしい。
そうゆうのやれてしまうと緻密になっていくかもしれないけど、でもがさがさした部分も確実にある。
だからceroって全然ライブバンドって感じではないのに、
ライブを観る面白さが実はもの凄くあるんだな。
それはこっちの勝手で、そのへんは多分全然狙ってないんだろうけど。
だからなんかそこまで心に届かないライブの日もあったとしても、
今回のような時には素直にぎゃふんと言いたい。
しかも私はceroは心で聴かない。
体感だと思う。
ceroはバンドというよりは現象みたい。


特に無善寺みたいな場所では
ceroのような音楽は鼻についたりもするかもしれない。
だけども、ceroはどーゆうロックとかパンクとかそうゆうのより、もの凄く破壊的で攻撃的だと思うよ。
ピースフルな予定調和が無いもんな。
書いてて怖い。
そうゆうのがいいとか悪いとか
どうゆうのが好きかとかよりも
彼らの現象が無二であるというところに私は魅力を感じる。


これって、これから彼らの音楽が世に知られて行くうえで特に必要のない見解だと思うけど
なんかちょっとショック受けちゃったので書いた。
ショックだったからこそ、考えたこと。

20100929

アナホールクラブバンド



九龍ジョーさんがアップしてくれました
去年の東演。
ばんせ声がらがら。

アナホールクラブバンド「階段の登り方」

今かーい!と思うけど、アナホール、このメンバーになって一年やってきたんですねー。
と、しみじみ。
しばらくライブないようだけど、音源作ってらっしゃるようなので
期待して
出来あがったあかつきには、しみじみしてみてください。

20100928

東京の演奏について

何回も言ってるのかもしれないけど
東京の演奏はイベントの名前ではないという考えでずっといました。
もともと 東京の演奏という言葉は 私にとっての東京の音楽、東京で観るライブのことで
東京の代表とかそうゆう意味ではなかった。
あのー私は田舎者なので、東京で数々の素晴らしいライブを観れることが嬉しくて
東京にしかない場所で、東京という街を背景に奏でられる数々の小さな音楽がとても貴く感じられ、
それに今じぶんが東京にて出逢えるていることが貴く感じられ、
ささやかな気分でつけたタイトルでした。


高城くんが東演さんという言い方を始めてから、私=とーえん(だいたいが威圧的なあいさつなどに使われるが)と呼ばれたりもするのだが(だいたいそれはcero関係にしか言われないが)
なんというか
カジメラの企画をやってみて、改めて
とーえんはやっぱりイベントとかブログとかじゃなくてもっと概念的なものなんだなと思う。
東京の演奏なんて偉そうな名前だとか思われてるのかもしれないし、そんなん聞いたことも無いひとがほとんどだし、
名前変えてもいいとはいつも思うし。
私はずっと東京の演奏は自分からみた別の世界、音楽をしているひとたちのことだという意識があったかもしれない。
でも東京の演奏はあくまで私の思考の中にある。
残念なことに実体なんてない。
ただ私が「考えてきたこと」なだけだ。


ただ、それでも、実体がなくても、私が「考えてきたこと」で、動かなかったはずのものが動いていることがある。それが何なのか言えるわけではなくて、何の足しになってるのかも提示できるわけではないんだけど、少なくとも私の人生は動いてると言える。
結局お前のことかよっていう話だけど
私は音楽でこれだけ楽しめるんだっていうことだ。
音楽に関わるだけでこんなに人生を変えられたなら楽しめたなら充分な体現であり提示じゃないかということだ。
私は東京の演奏という言葉を使ってから、誰よりもって言えるくらいに感動や感謝を味わっている。
苦しいことも悔しいこともちゃんと。
こないだのカジメラでは、自分が演奏をしたことどうのよりも、「音楽に関わってきたこと」を感じた。
「東京の演奏」はきっとそういうものなんだと思った。
私は素晴らしい東京の演奏を知っているし、それをしている人たちは面白いということも知っている。
みんなが生きながら音楽をしていることも知っている。
そういうものから生まれた感覚のすべてが東京の演奏で、それでいいんだと思う。


私に関わることはその程度のことだと言いたい。
私はみんなを有名にすることはできないし、得を与えることはできない。影響力なんかこれっぽっちもない。
ずっとそのことをコンプレックスに思っていたけど、できないものはできないと今は言える。
もちろんみんなが売れたらいいと思うんだけど、それと東演は別のはなしなんだ。
その別のはなしっていうのは、「売れる」とかよりも私にとってはもっと大きいことで、それを掴めるのかはわからないけど。
私だって報われたいとは思うけど、それが前提ではない。


こうゆうの、ここに書く必要があったのかわからないことだ。
私はすぐに忘れてしまうし、やめたくなることも何度もあった。
忘れないように書いとこう。
いつだってもうやめたいよ。
でもこう考えるととーえんなんてあってないようなものだからやめるもやめないもないし。
「あってないようなもの」ってなんて自由なんだろうー
とーえんはおばけみたいなものだね。
おばけがみえるかみえないかはその人次第だ。

20100926

カジメラ VS CAMP

カジメラVS CAMP、みなさん見守ってくださってありがとうございました。
おこがましいことをこれから色々書きますが、あたしたちいいイベントやってしまった!!


ここに自分たちのバンドのことを書くのはちょっと違うかもしれないと思ったけど、大事なことだから記しておきたい。
私は自分が音楽をやることも、違うんじゃないかとずっと思っていたし。
(もちろん音楽なんてあのドラムで言っていいのか...)


カジメラは初めてのライブをやっとついにやることができた。
その経緯というのは、私たちにとってはかなり間抜けでドラマチックな物語があると思っているんだけどそれはここではいいや。
個人的には人生で感じたことの無い種類の緊張を体験した。
前日はうなされ、ライブやりたくなかったし
けどみんなが集まってくれて、やるしかなくて、
はっきりいってやけくそでやりました。


リハしてるときにCAMPのまなべくん(VIDEOTAPEMUSIC)が来て、それがなんだか当然過ぎた。
いつもディスりあっているまなべいさお。
でもそれは実はすごいことなんだ。
ねきちゃん(temple book)がいることも
ミニースターダスト(a.k.aゆきんこ/ファンタスタス)がいることも
CAMPというバンドと私たちがたいばんしてもらえることは本当に特別なことだったんだ。


ひとつはCAMPが復活したこと。
もうひとりのメンバーのげんちゃんがお休みだったのは残念だったけど、そのかわりにミニーというスペシャルサポートが参加した。
CAMPはカジメラにとって、橋をかける存在だった。
ねきちゃんとまなべくんは多くのものを繋ぐふたりに思える。
そしてふたりの関係性で生まれる音楽。
それをみんなにみてもらいたかった。
この日のためにふたりがCAMPを復活させてくれたこと、思わぬミニーの参加、
光栄過ぎる。

だから、もうひとつは、このひとたちに出逢えたこと。
この素晴らしい人たちと知り合えていることそのものが私たちにとって特別なことだ。


それは、その日集まってくれたお客さんもそう。
ほんとにみんな来てくれたんだよね。
友達たち、ミュージシャンたち、私たちが敬愛する人々が集まってくれて、
緊張を共有してくれ(笑)
そしてみんなが真剣に私たちを観てくれたことに、本当にびっくりした。
何かを感じてくれて、それを伝えてくれた。
くまちゃんと私が一緒にやってることを汲んでくれたり意味をみつけてくれたり
というか
なんというのか
ほんとに私たちは恵まれてるなと思った。
良いイベントが出来たのは、普段から私たちと一緒にいてくれて、私たちを理解してくれるみんなが来てくれたからだ。
んで、そんなみんなを呼べたことをカジメラは誇りに思ったのです。


んでんで、かのMC.sirafuに演奏もさせず受付をやらせるカジメラはちょーしに乗ってるとしか思えないんだが
あそこにシラフがいたことは今の我々の象徴だった
こんな言い方していいのかわからないんだけど、
カジメラがってんじゃなくて、あの集まりとして、
あの日はどのイベントよりも「東京の演奏」が凝縮されてた気がしてしまった。
私は初心に還った気がする。
だからほんとはね、あの人やあの人にも観てもらいたかった。
我々はあのちいさいスタジオから、もっともっと大きく外へ目を向けているから。
シラフが勝手に配っていたmantaschoolの音源は
憎たらしいくらい素敵だった。


ベースをやってくれた竹田くんは、高城くんが推薦してくれた。
たけちゃんも、私たちと同じで普段はリスナーという立場で音楽と接してるひとだ。
よくなんもわからない私たちにつきあってやってくれたなと思う。
いいフレーズをいっぱい弾いてくれた。


あとでどうだった?って訊かれて
カジメラはよくわかんないけどイベントが良かったとひとに言ってしまう。
いいイベントだったのは間違いないんだ。
みんなのおかげ。
伝わるように書けてるか、
ちょーしに乗ったことばっか言ってしまったか
わからないんだけど
カジメラは次のなんかを考えてます。
カジメラだからやれることを
地味にいいことやってけたらなと思っています。


みんなありがとう。
どうもありがとう。

20100915

夏のおもいで




2010年の夏は思った通りのとんでもない夏だった。
いままでにない、と書いたとおり。


たくさんのライブ観て たくさんのメールをして たくさんの会話をして 
飲んだり食べたり して スタジオに入ったり 自転車にのったり 音楽を聴いたり
悩んだり 怒ったり 泣いたり 笑ったり ディスったり 出逢ったり して
夏は過ぎた。
ちゃんと夏は過ぎたと思えたのは初めてのことかもしれない。


とにかく楽しかったけど、基本真剣だったよ。
ほんきで楽しもうってことばかり考えてた気がするし
今いるところ、そのことをいつでも真剣に考えてるよ。
俺は。


そのことをひとつひとつ記そうと思ったけど
なんだか今更とうてい無理なので
でも全てがこれからのことに繋がって行くのは間違いないので
私たちがどうゆうふうに繋がっていくのかを
うん、
別に見てくれるひとなんかいないのかもしれないけど
起こってることは今だけの偶然ではないことを覚えておいてもらえたら。
などと、思う。

















したのほうはもう秋の写真。夏はあんまり撮ってなかった。
でもこの夏どんなひとたちと過ごして今どんな感じなのかなんとなくわかるね。
これから思慮深い季節になる。
だったら尚更私たちは面白くなれるはずだー

20100914

東京の演奏MAX、開催!

12月2日 木曜 @下北沢440


出演

小鳥美術館(from名古屋)

ザ・なつやすみバンド

片想い





2010年最初で最後の東京の演奏やりますー

何かを知ってることは大切なことだ。
ただ、知ることそのものはなんの目的でもない。
それで何処へ行けるか
だと思う。
一緒にどこかへ行ってくれるみなさんへ。
すばらしい出逢いを


 

詳細後日ー

20100911

季刊おりんぽし2010晩夏号終了(ありがとう)


【photo by kumachan】




季刊おりんぽし晩夏号ご来場ありがとうございました~!
毎回毎回、ほんとにありがとうございます。なんつうか、数ある東京の夜の可能性のなかから我々のイベントを選び足を運んでくださるみなさんには感謝しきれない。


そして、今回はピアノを使いたくて、初めて貸していただいたおんがくのじかん
気になる場所ですよね。
私としては、尾林くんの鳴りをいままでで一番良く発してくれるPAであったと感じたんですよね。
なにより初めての場所で安心して出来たのは菊池さんの人柄のおかげだと思いました。
菊池さん、難波田さん ほんとにありがとうございました。



楽しんでいただけたでしょうか


とかいって
みなさん楽しんでくれていたんだよね
ほんとに


私は正直、これでいいのか?という戸惑いがあったのです。
それはなんというか
いままでみたことない季刊おりんぽしだったから。



今回は伴瀬をオープニングアクトにするというわざとらしいことをさせてもらった。
野田さんが伴瀬さんの曲をうたい(「ワンフレーム」、ばんせありがとうございます)
野田さんの曲を伴瀬さんと尾林くんで伴奏し(「ふと想う」伴瀬ピアノ、尾林鍵ハとタンバリン。ヨカッタ…!)
伴瀬と尾林でチャゲアスをピアノ連弾でやり(もちろん「big tree」)
最後はみんなで勇者を、カラオケ(もちろん尾林トラック)で、ということをした。


とりあえず「みんなでなんかしなさいせっかくだから」という課題だけ放り投げて、あとは三人にまかせきりだったので、
出来上がったものに戸惑うのもあたりまえで
結局自分がほっぽっといてよかったのかってうしろめたさなんだけど


伴瀬と野田さんという素晴らしいミュージシャン二人をゲストによんでおきながら、こんなんでよかったのか、という思いがあった。
けどね
伴瀬と野田さんだったから出来たんだと
野田さんが「内輪みたいだけどだからこそみせられるものがある」とブログに書いてくれてた
そのことばはとても心強く、フタあけてみれば奇跡的サークルが出来上がっていた。


伴瀬と野田さんをおりんぽしに巻き込んだなあと思ってしまったんだけど、
それがおりんぽしであり、その状態はむしろふたりが作ってくれたんだなと。
特にばんせは多大なる愛情と実力で私のむちゃぶりをこなしてくれた。その前にアナフレッドもあったのにね。思ってたよりやらせてしまったなと思うのに、ばんせはやってくれたのです。
あ、ばんせ、細川たかしもやってくれたね。


野田さんは新曲を披露してくれました。
それはやっぱり私が好きな野田薫の世界のそのままだった。
とても近くにあってそしてとても広い、どこまでも広い世界だな。
野田さんの限りないこころが顕れた音楽を私たちは愛しているので
その気持ちがあればどこだって遠くはない。



で、
もうみんな知ってると思うけど
おりんぽしで私やりたいことってそれなんだなと
尾林くんがやりたいことを好きなだけやれること
尾林くんがやりたいことをやったらそんなに面白いことないはずだということ
なんだか今回はお客さんにそれを思い出させられたな、私は。
飛躍するおりんぽしに、私がついていってなかった・・・!


尾林くん体操服着てたしラップやったりチャゲアスやったりカラオケやったりしたせいか、
初めてみたひとに、今日はいつもとちょっと違う感じなんでしょ、みたいなことを言われたのですが
おりんぽしは尾林くんの過程を綴る記録のようなものにいつしかなってて
今日の尾林くんがいつもの尾林くんと違うのは当たり前で、
でもあの尾林くんのステージが特別かといえばあれも尾林くんの表現の全てでありむしろあれが尾林くんであり、
なんとも答えづらかった。


ただ見続けてくれてる人にはわかると思う。
「追う楽しみがあるイベント」といってくれたひともいた。
いつもよいものを、と思えばそれがいいことかどうかわからないけど、
でもこれが季刊おりんぽしなんですよ。
続けるうえでどうしたらいいかわからないこともあったし、今も悩む。


それでも尾林くんが応えてくれてるからやっていけるなあ。
そしてそれを見続けてくれるひとたちがいるから。
ほんとのお楽しみはこれからだという希望と野望と
あとこっからどこいくんだという未知っぷり
わけわからんので期待しよう



次回も是非来てください。
またみんなで遊んでほしい。
尾林くんの広い運動場で、私たちまた遊びましょう。

20100907

9/7本日季刊おりんぽし

風は秋の気配ですがなんかまだ暑いですね!

本日、三鷹おんがくのじかんにて。
19時開場、20時開演です。
尾林星、野田薫、伴瀬朝彦でお届け!


予約してくださったみなさん、ありがとうございます。

ひとりでも多くの方にみていただきたいので、予約してないけど今日いけるわー、という方
いらっしゃれば是非お立ち寄りください!
私か出演者に「いくよー」と一報いただけるとたすかります


おんがくのじかんは、三鷹駅南口を出て前方のエスカレーターを降りてひたすら直進。
左にらーめん大があります。そのとなりには洒落た靴屋さんがあるんですが
その、通りはさんで向かいのビル。
地下一階です。
駅から5分ちょっとくらいでしょうか。


ちなみにおんがくのじかん二回おじゃまして二回大食べちゃったのね


ついったーで怪情報も流れてますがどこまでほんとなんだかわかりません。
何にしても、今日はスペシャルです。
いつだってスペシャルを皆様へ、それが季刊おりんぽしだ!

20100823

ほたかさん企画

七針にて。


よいイベントでした。
結局良いイベントってなんなのかわかる。

穂高さんは出演者を「みんなだいじな友達」と言ってた
それを聞いてはっとしたけど、馴れ合いとか内輪感とかは全く感じなかった。
愛しさは満ちてたかもしれない


長いつきあいと
育まれた関係性と
なにより良い音楽を認めあうこと。
穂高さんの企画のために出演者がよりよい演奏をみせようとすること。
緊張感や対決感や贈り物もあるかもしれない。


穂高亜希子さん。しばらくぶりに観させてもらったけど
声が強くなってる気がした。
同時に あとは何も変わらないことも、凄いと思った
(変わってないことないのかもしれないけど ほたかさんの音楽として、貫かれてると思う)

穂高さんが大事にしてるものが凝縮された夜。

20100814

なつやすみ(始)

最近はどうしてもほかの企画を厳しく観てしまう。
特別なことってどんなんかという価値観とかも違うんだけどね。
私はキリキリやっているからすぐにディスり心が出る。
自分の企画の時きをつけよー と思うし
ミュージシャン自身の企画なのならここは大事にしてほしいっていうポイントがあるよ。


それはさておき!
ザ・なつやすみバンドみた
ザィ・なつやすみバンド
ライブがどうだったのかとかはきょう書かない
というのも、
今日はなつやすみを観るの少し緊張してしまっていた。
変なはなし
どうゆう視点で というか 心持ちで なつやすみをみたらよいのかちょっとわからなくて
それは私の中でなつやすみがふくらんでいたので
久しぶりに会った友達と照れくさくて何を話せばいいかわからないような気分で観てたから、感想とか書くのも恥ずかしい、しょうもないことしか書けない。
でもまだ夏休み。またすぐ会えると思うので
そのときは、もっと近くで話すように、観れると思うのです。
それはやっぱりなつやすみバンドならではの私の感情だと思うから 書いとくけど。


なんか北里くんがとつぜんいた。
先日440のアルフレッド、ゲロ吐いてて一曲も観てないというトラウマ抱えて今日同じ場所に足を運んだので、なつやすみのライブ観て しかも北里くんに会えて へんな安堵
いやあのアルフレッドを観てないという大罪は消えない。わかってる。わかっているよ

でも素敵で楽しかったのですよ。
あの場所で会った人たち。
小鳥の鳴き声。

私たちだらだらなんかしてないよ
毎日夏休みの絵日記を描き続けて更新している
毎日毎日
次の頁を描くのが楽しみなのです
全部全部

20100813

New Residential Quarters!

イベントというのは以前から不思議なんだが
その場に入るだけの人数が集まるようになっていると思う。


場所にびっくり
贅沢しました


近かった。
なんかも。それだけで感動の要素
あのセッティング。
そしてNRQメンバーがポジションに着席して、
そして吉田悠樹のプーマをみているだけでなんだかもう、なんというのか。
NRQのひとたちはかわいい。
勘二さんもいるしそんな言い方はどっちかというと失礼なのだが
なんでしょう。このひとたちはなんてかわいいんだと思ってしまった。
そしてとても近くで精悍で豊かな演奏が始まって、あーやっぱライブってすばらしいなと

やっぱり私は演奏する人が好きだ。演奏する人をみるのが好きなのだ!

そういうのをいっきに、シンプルに思い出した、NRQは、
完璧なのか?
ではなく
完璧というのではなくて、満たされている んだと 思う。満ちてる!


ロボコップ含む、NRQの曲を20曲も聴けた!
たのしかったほんとに。
全編そういうよろこびに感動していた
東京にいてよかったと改めて思ってしまったのだ。渋谷にて

20100810

季刊おりんぽし

季刊おりんぽし 2010晩夏号
9月7日 火曜  @三鷹おんがくのじかん
開場19時 開演19時30分
料金 1,000円、ドリンクオーダー

出演:
伴瀬朝彦(アナホールクラブバンド、ホライズン山下宅配便、片想い)  

野田薫  

尾林星(ファンタスタス、ねずみバンド、ボンボンスパイラル、この人が おりんぽし。)



なんとなく季刊でお送りしております、おりんぽし!

この夏の終わりにお届けするのはこちらの三人。
ひきがたり形態にこだわってやってるおりんぽしですが
まさにそこで勝負できる方々ですね。
いいうたや演奏や存在感、それだけでは成り立たない絶対的なひきがたり力ってあるなあと思うのです。
この三人はそれぞれにひとりでの構築力がはんぱでないと思う

そして今回はピアノがある場所で。
それは野田薫さんを是非お呼びしたかったから。
間もなくイギリスへ留学する野田さん、出発前最後のライブです!
光栄おりんぽし!
少なくとも一年半は日本で彼女のライブ観られませんよ(たぶん)。
(※実はそののちもう一本ライブが決まったそうなので完全なラストではないです。)
きっと野田さんは「あの日のうた」のつづきを私たちに残していってくれると思う。
だから観にきてください。

もちろん伴瀬さんと尾林くんもピアノ弾きます。
せっかくだからひきまくりナイトです。

ちなみに伴瀬さんはオープニングアクトです。
最初にちょっと出ます。ばんせファンはおはやめに。
言っとくけどあの伴瀬朝彦にオープニングアクトなんぞさせられるのは季刊おりんぽしだけです。
東演の酷使力を見よ!
尾林くんの人格だけでなんとかあたたかいイベントになっています、おりんぽし。

おりんぽし初めて使わせていただく三鷹おんがくのじかん。気になってる方もいるかと思います。
じっさい足を運んでみても、なんだかこれから気になる場所だな〜と思います。
日本ロックフェスとかぶってますけど、是非是非お集まりください〜


前売り当日はありませんが、予約制にさせていただきます。
東演こつこつこへなにかしらの方法で連絡いただくか、


季刊おりんぽし予約 として下記アドレスへメールください。

ご予約/touenmax@gmail.com


それからおんがくのじかんHPでも予約受付ていただいてます。


20100808

最近の私たちのこと2010夏

毎日暑い。夏だね
みなさんいかがお過ごしですか。
アイス喰いながらかいてますよ


最近何をしてるのかと言えば何もしていないのだ。
イベントやってなかったら何もしてないでしょう私など。
でもまいにち笑ったり怒ったりびびったりおちこんだりほっとしたりしながら
なんだか日々たくさんのことが進んだり滞っては先に跳んだりしているような
日常として私たちは変化のなかにいます


もし君らがまいにち何も変わってないような気がするなら
わたしのとこへきて何か話してくれてもいいんじゃないかと思う
私は占い師ではないしなかなかの不完全な者なので話したところでなにも変わりはしないかもしれないし誰も私じゃなくていいのだろうけど
話がしたいならしてくれてもいいと思う。
ルーシーヴァンペルトがやってる相談所のように、非道い回答をして、帰してやるよ。


なかがわりささんが高円寺のお店でライブをしていた。
あのライブに関してはいくらでもやりようのある面白いシチュエーションだと思ってるけど、
近隣の環境等配慮してのことなのか、告知禁止だったという。
私は当日(ライブ中であったと思われる)ついったーで知って飛んでいったんだけど。
彼女は重いピアノを持って千葉からこっそりやってきていた。
そんで野菜をたくさんもらって帰った。
私的には野菜でわりきれることとわりきれないことがあった。

ただ中川さんのあのうたをきかせられた野菜は更においしくなったと思う。
そしてあの日あの場所で「なつやすみ(終)」をきいたんだ、私は!
その素晴らしさははっきりいって私だけのものだったと言ってしまおう。


まなべいさおくんが片想いとともにスゴイ映像をつくりスゴイライブをした。
あの日はまなべくんの何がスゴイのかがちゃんと凝縮されていたと思う。
彼が表現の中に込めている「意味」は「メッセージ」ではないと思う。だから別に何かを考えなくてもいいと思う。だけどその「雰囲気」を確実にキャッチすることは大事だと思う。
そしてそれこそが発信と受信として一番理想的なかたちなんじゃないかと私は思っている。
それはサブリミナル的なこと。それで日常すら変わるということ。

もちろんあの日に関しては片想いとビデオテープミュージックが組んだからこそ在った日であり
そんなことをいまさらいうこともないんだけど。


最近のMC.sirafuは評判がいいんだか悪いんだかよくわからん。
もともとよくわからないやつだが、最近いちいちいい演奏をしているのは確か。
MC.sirafuの何かのライブをみて、あの人はこうゆう演奏をするんだろうと知った気になってはならないよ。
なぜならあのおっさんだって変化をするんだ
そして「こうゆう演奏をするんだろう」と思われるなら、彼はやめるだろう。
少なくとも、そう思ったら私はもう観にいかないや。
どうなるかわからないけど、MCがいたらだいたいのことは必ず面白い。
MCが居たら飽きてる暇がない。面白いことは、だいたい感動している。
君もそうなんじゃないか。
それを与えてくれるMCの存在を当たり前と思ってはいけないよ。
彼が何を動かしているのかをみることはとても面白いよ。


予想もつかないそのひとつがアルフレッドだった


Alfred beach sandalとMC.sirafuこないだ山に登ったばかりだが


一楽誉志幸 FROM キリマンジャロ(フラテン)
mC.sirafu FROM チョモランマ(片想い)
北里彰久 FROM 高尾山(アルフレッドビーチサンダル)

で演奏がされた。

均衡のとれた三角形 うつくしいかたち

なのかどうかはともかく、この三角形。
ああこのライブの内容に関しては私語ることはできないのですが
これ娯楽の極みなんじゃないかと思う
演奏が、音楽が面白いってこうゆうことじゃね?わははは。
という
思い。
それってすごいんだけど、いちばん。
このいまアルフレッドの 私からみる一連のながれ そしてかたち
北里彰久、あいつはおそろしいやつだと最近思う。
気づいてなかったぜ。
そしてまだまだわかってないぜきっと。
山を舐めるな。
アタシはもし結婚式やれることあるんだったらアルフレッドを雇って「メキシコ生まれの甥っ子」をうたってもらいたい。金で演奏させるぜ。



うーんそして日々の変化はなんなのか
それはとても小さなことなので具体的ではないけれど
毎日でベクトルが出来上がっている
どこへ向かうのかということ


私はみんなに音楽を続けてもらいたいだけだけど
続けるためのことを考えなきゃいけない。
演奏する場所なんかいくらでもあるかもしれないけどさあ
演奏しつづけたその先がどうであってほしいのか
たとえばたくさんの人にきいてもらいたいと思った時
それはお金になればいいのか、それともそれだけじゃないのか
どういう状況で、どのようにきいてほしいのか。
もしその理想が現実的でないならそれは誰のせいでもないじぶんのせいだよ
状況も価値も自分でつくらなきゃ。
それをしている人がじっさいいるもの。
それはすごく大変だけど絶対面白いことだし、
良い音楽を持っているなら簡単なことだよ。


意識とはいつでもサブリミナルで動かされてる
誰が何をしたかで簡単にことが変わったりもするね
誰が私に何をしてくれたのか
そのひとつひとつに感謝するのを忘れたくないのだけど
日々のスピードがものすごくはやい
それも温暖化のせいなのか

20100728

彼はマジシャンではない。

職場シリーズ
三浦くんとMCのたいばん
こんな日がくるとは。うける。会場職場率高かった


三浦くんのラクーンドッグは私が初めて観たときのすぐあとにメンバーが抜けて
きっと大変だったろうけど、みんなでよくしようとがんばって、よくしていってるのがわかった。


Alfred beach sandalのこと、
MC.sirafu今度はアルフレッドとやりだしたよ
正直いって私はMCが北里くんをひきだすのがメインかと思ってたのだが
北里くんもMCを引っ張り出してたのかもしれない。
思い出せるのは
すごい面白くてあれこそ観せるものだということ。
多分ふたりはお互いガチで一騎打ち楽しんでただけだろうが
ああーオモシロイもんみたわ!という充足感あってエンタメってた
確かに、全然オシャレじゃねえじゃんとはみながら思ってたけど
攻撃性とかロックとかそうゆうカンジでもなく
全く高尚でもなく


果物の皮むいたみたいな感覚


それフレッシュ?
そうゆうんでもないが
とにかくああオモシロカッタぜーって
そうゆう、感動


いろいろ書きたいけど
べつにいいっしょ!


つぎはこいつら+一楽くんでやるそうな。
わー
なんてめんどくさそうなんだー!!という、期待

20100724

すべてのそとのきみたちにも

音楽を観るときは、だいたいお金を払う。
演奏を聴かせてもらうからだよね。
無料にしたい、と思う人がいるなら、出演者とお客さんの間でうまく還元できてないと感じるからだと思う。
でも今日のあだちゃんライブのように場所と音楽とお客さんを(それぞれ充分でなかったとしても)うまくまわらせるやり方もあるし、それを考えてる人もいる。少なくとも今夜モナに行って食事だけをするつもりはなかったはずの人たちが、無料のあだち×倉林ライブがあったから足を運んでお酒をのんだ。お酒呑んできもち投げ銭して下手したらいつものライブよりお金を落としたかもしれないけど、お客さんみんなそれに納得してお金を使ったと思う。
私たちが場を選んだからこそだったと思う。
そうゆう中で私は、お客って何なのかなってこと考えてしまう。
演奏する人は、お客さんのために音楽をやっているわけじゃない。
お客さんは、演奏する人のために観に行ってるんでもない。
見え易く言ってしまえば、みんな自分の気が済むように、それぞれのことをしているんだと思う。
ただ私はそこにそれぞれの「気が済む」で完結する自己だけだとは思えなかった。
そこまで自立したものだとは思えなかった。
だから私はブログを始めたし、企画をやることにした。
ブログには今何を記しておくべきかをその都度考えるし、
企画は面白いけど楽しいとは思ってない。勝負だと思ってる。
だけど、そんな風に思っているのは私だけみたいだった。
みんなにはそれぞれの音楽があるし、
私は企画も素人で音楽のことも何も知らない。
そんな私の力では何も与えられなかった。
でも、音楽をやっているほうの人で、私の考えを解ってくれる人に逢った。
私の考えはただのリスナーのエゴじゃないんだと思えた。救われた。
このブログに誰か音楽の名前が出ることそのものは、どうでもいいことだ。
私にとって、私の書いたひとことでも、それで救われたと言われた時、
私も救われる。
ライブに行って、ありがとうと心から言われた時、
それで、私も心から今日の演奏ありがとうと思えた時
そうゆうことが音楽とリスナーの関係じゃないかと私は思ってる。

ありがとうと言った瞬間に生まれたきもちを見逃さないこと
演奏に逃げないこと

自分の音楽と、自分の音楽を聴いてるお客さんと向き合うのを避けたら終わりだと思う。


はっきり言ってお客さんは取り合い
イベントがバッティングしたとき、家計の事情でライブを選ぶとき
私たちが というか少なくとも私が選ぶのは、「その先」だ。
どこかへ繋がって行く感覚がある場所へ行きたい。
ライブは娯楽だけど、私にとって生き方なんだよ。
くだらないかもしれないけど、
今日の演奏をどう受けとったかで生活が変わってしまうと思ってる。
だから真剣に受けとりたいし、その先へ進みたいんだ。
娯楽だよ、ただの。
でもほんとにそう思うなら、もっと別のものいくらでもある。
本気でそう思えるなら、音楽以外のものだっていいんじゃないの。


音楽のすごいとこのひとつって
関係性だけで生むことができるってとこだと思う
自分たちだけの世界を守り続けることは美しい。
でもそれが醜くなることがある。
守るために逃げることと
理解を求めない振りをすること。
欲しかったら手に入れたらいいよ。
手に入れる方法なんて、君のひとことの言い方だけだったりもするよ。
「その先」っていうのは、その程度の事のなかにあるし。


なぜいまこれを書いているかというと。
ここ何日かで怒りに似たものを感じたからと、
書かないことが無責任だと思ったから。
あんときと一緒です。
そして
私はやっぱりこれからたくさんの批判みたいなことを言ってしまうと思う。
時には名指しするかもしれない。
でもなんで私がその発言をするのか、解ってほしいから。
理解できなくても、考えてほしいから。
だからこうやって書いたことは言い訳なのかもな−・・・
言い訳と自慢とつまんねえ話は、私嫌いだ。
こんな文章書いてないで、自分のやれることをやるだけだというのも、わかってるよ。

20100721

片想いドタバタ編!





東京のライブハウスからのオファーがめっきり無くなった片想い、しかしさすがモナレコは忘れないでいてくれてます!
アメリカのドキュメンタリー映画の撮影
モナの推薦で
日本選抜
片想いが演奏することに

意味全くわからん

急遽につき
ばんせが関西行ってて出演できない。
ので、かわりにサポートメンバーを5人入れるという意味わからんっぷり!
音多過ぎたりスカスカだったり楽しかったな〜


意味わからんが
シカシ
そうゆうことできるバンド他にいないよな〜
っていうのは観たひとはわかると思うけど
観てないひとは
そうなんですよ。
片想いって、他がやらないことをやるんだよ。
そうゆうの、奇をてらうだけの結果に陥りがちだけど
ハッピーな結果を招くんですよ、いつでも。意味わかんないのに。
うわーなんて素敵な音楽なんだ、感動!って日もあれば、
このクソバンドが!楽しかったぜ!っていう日もある。
いつ行っても興奮とか満足とかくれる。
でもそれは連綿とした片想いの日々があるからこそであり


きょう コイちゃんが、このへんはみんなでいろいろやってて楽しそうだなあと言ってくれた。
うん。
毎日別のライブに行って別の音楽をみてるけど
あらぴーには三日連続で会ったし
昨日ばいばいしてスグまた今夜会うひとがいたりする。
それをコミュニティーや内輪と言ってしまえばそうだけど
みんないつも別々だよ。
それが素敵だと思うんだよな。


集まってるんじゃなくて、絡まってるんだな。
日々の繋がりをすこしづつ新しくしては、また別れて、また絡まるの連続。
一緒になったとき、新しく面白いことのできるひとたち。
そして新しく出逢う人たちと、また更新されたりとか。
毎回がスペシャルなんてこと、ないかもしれないけど、少なくとも私は、毎回が大事なのは、ほんとだ。


いつでも待ってるぜ。


きょうは 私はくまちゃんがライブやるとこを初めてみた。
なんか全く違和感なくてフツーに楽しんでしまったけど
きんちょうしてたのかなー
でも、片想いの中でくまちゃんが一番ハッピー感出してた!
スゴイおいしいとこたくさんもらってたな。



最後にインタビューやってた うける
あんな最低のインタビュー知らん
ビーポジより非道い。






「僕らは音楽が大好きです」

20100720

音楽的音楽

ネクサンにて。


古川麦(hyugen)と荒内佑(cero)
昨年のカモカフェ以来のユニットは突然でしたが本人たちは結構準備してたらしい。
そりゃ準備もなくいきなしこんなライブやられたんじゃびびるよ。
ヨカッタ!
ふたりで作った曲やあらぴーの曲を麦ちゃんうたったりして

そのなかでも 来て良かった!と確信した瞬間の曲を一曲アップさせてもらいました。

麦ちゃん佑ちゃん/芝生の復讐


音色変わっちゃってるけど


麦ちゃんはギターとトランペット
あらぴーはピアノ
音楽的音楽
麦ちゃんは表現とかみてても思うのだけど、麦ちゃんとして
かなりキャッチーなものにして、見せるものとしての音楽をやってくれる。
全ての人に親切であり全ての人を楽しませる演奏をしてくれる。
オシャレだけど、決して難しくはしない。
特にそうゆう部分を今日はヨクみれたと思う。
そしてあらぴーはそうゆう麦ちゃんを見せたかったみたい。
そのための挑戦をしてたみたい。
文章にしてしまうと食い違うかもしれないが
だいたいそうゆうとこ。
届いた!
二人の音楽は美しかったけど
かわいらしくて明るくて夏だった。
またこの二人をみたい!と思った。




野田薫
私はレコ発以降も
結構毎日のように野田さんのアルバムを聴き続けていて
彼女が好き過ぎて、野田さんにデートを申し込んだ。
野田さんとマッコリを呑んでいろんな話をして、
私が「あの日のうた」に焦がれた理由がちゃんとその話のなかにはあった。
そしてますます
想いは募るばかりで、バスの中でiPodできいて泣いたりしてるんだ。
野田薫の音楽に私は恋をしています。
恋だからそのきもちには説明がつかない。

何故こんなに好きなのか戸惑うくらいの盲目なのだけど、
きょうライブをみてて
私は野田さんのピアノが好きなのかもしれないと思った。
声や曲以上に、あのピアノの音に揺さぶられるのかも。
わかんないけどねー

野田さんは新曲をたくさんやってた。
あの人のあの曲をやったりもした。
その内容は明かせません。
私たちの秘密にしたい。


とにかく、しばらく日本を離れる野田薫をみておいてほしい。みんなに彼女の音楽を。
好き過ぎてどこが好きかわからない、なんて言ってると誤解されちゃうけど、
彼女の音楽はとても音楽的なんだ。
あなたが好きになってもならなくても、知っておいてほしい。



しかも
音楽的ってなに?って言われるとわかんない。
ニュアンスだ。定義する気もないし、
そんな感じの気分、だけど 何か確信のあるもの。


素敵な音楽を聴く。ありがとう。
今ばんせが関西に行っている。
オクダサトコも一緒に演奏してるので、私も行こうかと思ってたけど、やめたんだ。
昨日は三輪のレコ発、今日のネクサンの演奏も素晴らしかったよ、明日はばんせ抜きの片想い、弟子のくまちゃんきっとやるぜ。ってなんか報告したい気分です。
むこうで良い演奏をしてるであろうばんせに。

東京の空から、鴨川へ。


あらぴーが私のこと
「こっちゃんいいライブみたあと大仏みたいになるよね」
「いいライブのあと機嫌悪くなるよね」
と言った

ありがとうあらぴー。知ってるね。
あしたも大仏になるよ。

20100719

三輪二郎レコ発

三輪のレコ発終わりました。
あの二郎が全部自分で考えて動いて迎えた日でした。
私は手伝わせてもらった。


二郎から、電話がくると、長くなるから面倒くさい。
時々意味がわかんないこと言うし、メールしても質問と違う返事が返ってくるし、なんかお父さんとコミュニケーションしてるみたいで面倒くさい。
面倒くさいけど、二郎の話をきいてやりたいし、話せばなんだかこっちが安心するのが三輪二郎だ。
そうやって私たち、二郎は私にキレられたりしながらも、レコ発の準備をしてきた。
たくさんお客さんきてくれた。
三輪二郎ほんとにうれしかったと思う。
良いイベントになったと思う。
がんばったな。おつかれじろちゃん。


私のまわりの音楽家たちは
仕事や恋愛や家族、生活を重ねながら音楽を続けている。
そのバランスがうまくいくばかりではない。
音楽はやりたいからやっていたって、辛いこともキツイこともあると思う。
けれども今はそれこそが音楽の糧になっているということ。
二郎はそれを感じる人のひとりだ。


バランスの取り方は難しいけど
二郎には圧倒的な音楽の力があるからこそ、うまくいかせてあげたい。
彼は音楽以外の、音楽に付随することの発想力が、乏しいと思われがちだけれど
本当は何においても確かな好みと良い趣味を持っている人だ。
そうゆう部分をないがしろにせず、私たちが大切にしてやらなきゃいけないと思うよ。
そんなん甘やかしかもしれないけど、
だって
不器用だけど二郎の人柄はほんと素晴らしいし、ああしてみんなが集まったときには
音楽も二郎そのものもほんとに愛されているなと思うからさ。
彼は孤高だよ。
だからこそひとりにしちゃいけない。


いわば二郎は天然記念物みたいなものなんだからさ。
あがめたまえ。
あの純粋さと、あの音楽を、私たちはどこまでも尊重し、尊敬したい。


私はライブなんて全然観もしなくて、昨日は務めをやるだけだったんだけど
ああ、手際悪かったなあと思うけど
たくさんのみんなが二郎のために足を運んでくれたことにほんとに満たされた。
そして労ってくれた君よ、ありがとう。

まりさんもありがとう。



写真はそこらへんにいたやつら。








皆の笑顔がイベントを象徴している。

20100718

おはようさんさん

三輪レコ発いよいよ今日ですー

cero と とんちさん 今 観たい人々です
アルバムのプロデューサー 豊田さんも演奏してくださいます

三輪も きっと 気合い



おひるくらいまで予約うけます
☆HPから予約くださった方には返信をしています。返信をうけとっていない方は確認のためもう一度お問い合わせください。

三輪のレコ発

20100715

マリリンモンローズ!

ついにマリリンモンローズを観てしまった・・・!
なんとなくもう今いかないとハードルがあがるばかりだと勝手なプレッシャーを感じていたのでヨカッタ。


私のバイト先には何人ものミュージシャンがいる。みんなの演奏をひととおりみさせていただいてる。でも水口くんだけはまだだったのです。(ついにコンプリート)
でもその職場の繋がりだけではなくなんとなく「マリリンモンローズには(わくわくガールズにも)東演お世話になってる」というきもちがあり(いい人たちなのだ)それがどういうことなのかはここにスムーズには書けないが 昨日もマリリンモンローズとその仲間たちの存在がとてもありがたかった。よい世界。


今回はMC.sirafuが参加したのが大きいきっかけで観に行けたのだけど、マリリンモンローズはきっとMCは必要なくて、多分オリジナルの4人の時を観るべきバンドなんだろなとはもちろん思ってた。でもやはり入ってみればMCはそうゆうバンドにはそうゆうバンドへの入り方をする人で、とても良いライブ。いつもはどうとか考えずマリリンモンローズを観れたと思う。
マリリンモンローズはなんか変なバンドだなあと思った。
私とかはカステラとかピーズとかを彷彿するんだけど皆もう知るまいカステラ。でもそのフォロワーとも感じさせない部分もあり。マリリンモンローズ知らないだろカステラ。
まあそんなことはどうでもいいなって思うのは、
初めて観た彼らのステージで彼ら4人のバンドとしての関係性が伝わってきてしまったからだった。
まずそれがライブで表現されていることが、いいバンドだという以外ないと思った。
4人それぞれについて、それぞれになにかを感じたもんね。
それぞれの役割とバランスと愛情とハッピーそれと少しのあれこれ、良いロックバンドというべきもの。
とりあえず水口くんはライブをしながら幸せで死んじゃうんじゃないかこの人、っていうふうに見えた。


私あのライブハウスには超久しぶりに行った。あすこは全然興味がない場所だけど、それでもマリリンモンローズとその仲間たちの世界、よい世界だったから居れた。彼らの場所は開かれてると思った。安心させてくれてありがとう。彼らマジいかれててアホだけれどもなんかそんなのより先に感じちゃったものがあるよ。


「ギターでおしゃべり」を聴いてる。なんかおしゃれ。変なバンド。
バンドTデザイン募集中。Tシャツでおしゃべり おもしろいなあ





島田くんが写真とってくれたよ。嬉しいな。ありがとう(俺 MC 水口くん。)

20100713

三輪二郎レコ発のお知らせ 再度





























三輪ちゃんのレコ発、迫って参りました。
ご予約まだ受け付けますので連絡くださいー
mixiとかついったーとかなんでもいいですよ。コンタクトくださいな

三輪二郎、ギンギンに行くと思いますので観てやってくんさい!


三輪二郎「レモンサワー」発売記念リサイタル
7月18日(日)@三軒茶屋グレープフルーツムーン

w/cero、tonchi ゲスト/豊田道倫

前売1,800円/当日2,000円


ご予約
http://miwajiro.com/
送信フォームから

20100712

お楽しみはこれからもだ。

なんかよくわかんないけども私から見てこーだったってことを記録したい。
ロジで今までにないイベントだった。
いろいろといつもと違うし、そう無いことばかり だった


SPORTS-KOIDE and MC.sirafu プレゼンツ。
MCが片想いやとんちでなくMCとして企画をするのは今までなかった気がする。
改めて シラフが企画やるとここまで出来るんだなと思った。
別に知ることもないことだけど、その準備とか計算とかアイディアとか心配りとか協力とか
多分MCはすごくきちんとやったと思う、じゃないとあんな自然なものは出来ないことだったし。
そんでシラフの旧友であるスポコイさんとその仲間たちのこと。

DJとライブのおいしいとこどりイベントだったのだが
それをロジでやること、
サウンドシステム(?っていうの?あってる?)を導入しデッカイスピーカーを今日用に設置、スタンディングでクラブみたいになるのにそれでもそこはロジでそれは異空間だった。
クラブでもライブハウスでもバーでも無くなってて
なんかヨク意味わかんない感じで相当面白かった。
夥しい数の機材、楽器、あれをさばくだけでもミラクルだった。
音がいいっていうのはこうゆうことかと思ったのは、デカイ音がうるさくないということ
デカイ音でもいい音ならやかましく感じなくて、会話もストレスなく出来る。
逆に音をきいてても会話が耳障りにならないんだ。
なんか感動した。
そうゆうのクラブでは当たり前のことなんだろか。どなんだろか。
いつも聴いてる音って一体なんなんだろと思った。
だから複雑でもある。


音づくりは スポコイさんといつもやっているナツメさんという方がしてくれて、そんでスポコイさんとメタルくんとタンゴくんがDJを、ceroと、鴨志田新悟と電子書籍がライブを。
融合ということに関して見事に美しかった。
"カオス"っていうのは結局混じりに違和感がなくて生まれた感想だった気がする。
それでヨク意味わかんないことが気持ちよく、
そしてなんかハッピーだった。
そう なんか私これクラブみたいなの大丈夫かなって正直思ってたんだけど全然気分良く。
それ、繋がっていたからだと思う。
スポコイさんとMCさんが再会しお互いの新たな持ち物(言ってしまえば財産と言える)を持ち寄って着実に混ぜあってそしてまた 倍々ゲーム的にまたはワラシベ長者的だったりの繋ぎを生んでるのはわかった。
しかもそこはスポコイさんとMCさんがそれぞれの場所に居てかつお互いの場所を知り合っているというワイドな人々であったことも大切な要素だったはず。
正直企画やる者としてこんな羨ましくてかっこいいことないと思う。


なんかMC的にはこんなこと書いて欲しくないかもしれないけど、
東演的にこんなこと書いとかなきゃ済まない。
東演的に 電子書籍もceroも素晴らしいライブ。やってくれるぜ!って思った
それにceroを今こうゆうシチュエーションで観ておけたことが本当にラッキーだ。


イベントのタイトルは『recreation』だった。
レクリエーションは生活のうちの休養や娯楽を意味するらしい
最近
ライブってあくまで「娯楽」だよなあということを考えている。
なんかそのゴラクにきんきんしている自分てなにかなあてことを考えてる。
んー、
どうせレクをやるならクソ楽しいほうがいいよな。
日々の気休めでしかないとしても
日々の救いであったとしても
クソ面白く するなら 真剣にやっていいのかなとか
娯楽のエキスパートにでもなればいいのかな と 今書きながら思う

考え過ぎかな。
わかんない。

でも今日良い音を一杯浴びたので何か満たされてるような浄化されたような気分もある。
ceroとかあだちゃんとかやっぱみんなと一緒だと楽しいなとか思う。
ああこれみんなで楽しんだので幸福だったなとか思う。

なんかスゴイ素敵だった。
そうゆうの体験するとやっぱサンキューて思うんだ。
そう思えるそれだけでもステージ上げてるしょ うちら 違う?



これ私信ですが
今日あだちゃんに唐突に言われたこと
びっくりして思わずディスってしまったけど
私もあだちゃんに対してはそうゆうきもちなんだよ結局 音楽があって
私たちの位置がどうあれきもちは別に変わらない。



それで なんだっけ
ああ
夏が始まるんだと思ったの
今年の私たちの夏は多分いままでにない気がしてならないのだ
その始まりを今日にしたいと
橋本翼をディスりながら思いました。

たのしいレクを
サンキュー おやすみ

20100704

毎日がイベントなわけがないのに、これだよ。

名古屋行って帰ってきて一週間は一ヶ月みたい(大袈裟だけど少なくとも二 三週間くらい)に濃かった。パズーの日が先週だったなんてほんとか。一番忙しかったのはあたまのなかだったかも。たくさんのことが決まったり決まりかけたりしている。いろんなこと考えて、そして円ジャンだったので、まあたくさんのこと思ったわな。二日続けて「何故こっちゃんはぐるぐるにおこっていたのですか」と「何故こっちゃんは二郎さんのPVをよくないとツイートしたのですか」という質問を受けた。私は説明不足なのかもしれない。実際そこで答えたことがきちんと伝わったかもわからない。そうやって訊いてくれる人にはともかく、説明する必要は正直どれくらいあるのだろうと思うことも多々あるし、説明出来てる気でいた部分もあることもある。でも今はだいたいのこと説明できる。してることにだいたい理由がある。だからこれからもっと説明したくなってしまうかもしれない。
はなしは変わるけど変わってません、企画をきちんとやりたいと思う。
企画としてのこと、演奏のこと、出演者のこと、きてくれる人のこと。
私は東演まつり以来東演はやっていない(沖縄の演奏は糸満さんの企画なので実質ノーカン)。イベンターと言われると嘘だし違和感がある。なんかイベンターって呼び方もくそくだらないと思う。イベントを個人で企画してる人たちって、あくまでそのひと個人だけで面白いことを考えてやってるだけで、それでお金貰えてるわけでもないし(もらってやってる人もいるだろうけど)損得もないだろうし(むしろ損のほうが大きいはずでも)イベントを考えるためにいるんじゃなくて音楽のために、または自分の気が済むようになんかしたいだけでやってるんだと思う。私もイベントをやってるんじゃなくてとーえんをやってる。正直東演みたいなイベントは無いと思ってる。いい意味でも悪い意味でも、東演だけのことをやってると思ってる。企画やってるひとは皆そう思ってやってるはずだよ。そう思わないで漠然と自主企画とかやってるバンドとかは考え直した方がいい。せっかく面白いことをやっても、あなたが漠然としてるってそのことだけでただのイベントになってしまう。もっと自分たちのやってることに意味をつければいい。自分たちに価値を与えればいい。それをお客さんに気づかせればいい。それって企画だけじゃなくてライブとしてそうだと思う。誰かがきてくれることに期待するよりも、期待されるライブにしてしまえばいい。
はなしそれた
ずっととーえんやりたくなかったことにも理由はある。たくさんね。そのひとつひとつを無視してとにかく闇雲に企画をやるってことはできなかった。やる必要はないと言ってくれた人もいた。けどいまほんとにやりたいし、そのために真剣になれる。そのきっかけを作ってくれたひとつひとつのことに心から感謝を言えるよう、きちんとやろうと思う。
円ジャンには客としての深入りはしてない。
したくもないのだ、あのイベントには!
それが円ジャン。で、私はいいのだと思った。だってあれはきっともの凄いイベントなのだよ。ちょっとやそっとの考えでは図れない意図や計算や経緯や繋がりがあってもそれを越えたただのバカさだとか。きっと完璧なのだ。だから私は全然楽しくねえよ、円ジャンなんか!橋本史生が演奏もしないで厨房に入って相当おいしいタイ料理作ってるってどんなおそろしいイベントだ。生きることに食は不可欠だよね!音楽よりもさ。もぐもぐ


そんなおそろしいイベントであの土岐グループが観られたことがヨカッタ。
おまつり。祝祭。ああよかった。よかったね。ここは説明したくない。
私はショックでおうちに帰りたくなってしまった。
それでも倉林グループみたよ
環境として良くはなかったのかもしれないけど、土岐グループの流れから倉林グループみてて、音楽ってこうやってつくるもんなんだよなってことを考えてしまった。もちろん超なんとなくだけど。








なんかイベントってその日だけのものじゃない。それは準備と本番ということでもなくて、共有した日々あっての流れでしかない。イベント当日はその結晶をみやすくしてるだけだと思う。私がよくみる円盤のイベントのタイトルは「日々の音楽」。脈々としてるね。みゃくみゅあくと。円ジャン終わるってのは、私にはかっこよくしかみえない。終わらせたって無くならないからだとしか思えないからな

20100628

VIDEOTAPEMUSIC IN KD JAPON  つづきのたび














ビデオテープミュージックの旅に便乗。



東京の演奏を名古屋KDハポンで観るシリーズ。
私にとっていまハポンは憧れの場所
ハポンでライブを観ることには旅の流れも含めて特別なことだ。
NRQやVTMをハポンで観たいと思った
いままでツアーのどこかで、いつもと別の街で東京の音楽を観たいと思っていたのが、今は「ハポンで観たい」と思う。


片想いのぐるぐる回るの出演が無くなって、MC.sirafuも名古屋へ行くことになった。
それに翌日我々は名古屋から東京に戻ってそのまま無善寺でパズーとハトたちという凄いバンドを観た。
正直この結果は私たちにとって素晴らしいことになったって思うよ。
ビデオテープミュージックがいたことと
ハイミドリがいたことに、救済された。


ビデオテープミュージックは、私がいままで観てた演奏とは方法が違う。
それでもそこに含まれてる意志はどんなメッセージのあるうたものとかより音楽的で先鋭的で、確信に満ちていて、なにより温度がちゃんと伝わってくるところが素敵だと私は思う。
似たような方法の表現はあるかもしれないけど、
まなべくんのしている表現はほかにないと思う。


音楽に関しては私がこんなふうに書くと、どうなんだろう、まなべくんに笑顔でディスられるかもしれないが。
でもこう、名古屋に行ってしまおうと思えたことも
実際名古屋に連れってってもらっても
ナベーの存在は私にとって(多分ほかのひとたちにとってもだろうけど)超絶なのだ。
ナベは声ちっちゃいしやさしい水鳥みたいな印象だけど、
存在として、すごいなって思う。
すごいと思わせない凄さ


4人で名古屋に行って、「ああなんて楽しかったんだろう」と噛み締めない。
それくらいあたりまえに楽しかった。
それは凄いことだと思う。
それを東京の演奏の写真で「VTMといくグルメ旅」にまとめました。
ただの家族旅行の写真だな。


そんな感じだったので、
ハポンで小鳥美術館に出逢った時に


何も情報はなくて、名前だけが気になっていた、
小鳥美術館はバンドではなくて美術館らしい。館長がギターを弾き 飼育係がうたをうたう。
館長の洒落てるけど土みたいなギターも
飼育係の声や、意表をつきつつおおらかなボイパ(と言っていいのか)も
スバラシイのだけど、そんなことを思う前に
音楽というものに否応無しに揺さぶられた。
何かを考える前にこころで音楽に気づかされた。

だからハポンに来れたことがこころから嬉しくて
小鳥美術館を観ながら、ナベありがとう〜と思いながら、号泣した。
今 小鳥美術館を思い出しても涙ぐんでしまうな。


たぶん小鳥美術館の音楽は名古屋シーンでこそ培われ育まれ生かされて私たちの目の前にあったのだと思う。
モモジさんの話をきいてそうゆうカンジがした。
でも、だからこそハポンで音楽を観る意味があるんだと思う。
決してマジックなんかじゃなくてね。


VTMの名古屋の演奏はあっと言う間に終わってしまったけど、私は満たされた。


それで私たちは、ハイミドリを観るために東京に戻ったんだ。
それで旅は終了、かと思ったけどそれも違うカンジだった。
たくさんの移動をしたけど、それはずっと繋がってて、
「東京帰ってきた」という感覚がなかったのはただ続いていたからだろうと思う。
いつからかずっとずっと、私たちがやることは全部つづき。
なにも切り離されていることはない。
ceroやいなかやろうやホライズンに会うこともつづき。
これから君と会うこともつづき。
おもいはうまく書ききれないけど。
嬉しかったとしたって、楽しかったとしたって、私は怒りも涙も忘れないよ。



きねんさつえい。肝心のナベがちょいブレだが。
でも素敵だったよーこれ。





飼育係、館長、MC、ナベ

20100623

しゃしん

写真を整理してみる

http://f.hatena.ne.jp/toukyounoensou/


フォトページ作る前の写真を過去フォルダにして少しアップしました。
ばらばらで偏ってて、ブレてるし ブログであげてるやつもあるかもしれませんが
こうゆうことあったねーと思うかんじ。
08年末から09夏くらいまで適当に。

東京の演奏の写真/過去


こうしてみるとやはり忘れてしまうことはたくさんあって写真をみると思い出す。
写真とろうと思うよ

Alfred beach sandal

円盤に行ったら倉林まつりだった


今日の円盤

Alfred Beach Sandal
三沢洋紀と南いちこ(ゆふいんの森)と岡林‘コゾウ‘大輔(THE BITE)
見汐麻衣(埋火)
3月33日(from京都)


だった。
しかし倉林哲也まつりだった。
全出演者一曲づつ、フルートで倉林さんが入った!
しかも見汐さんと3月33日さん(バンド)には今日初めて会ったらしい。
昨日三沢さんたちに誘われて来たら田口さんに全部でやればと言われたみたいだ。
なんかすばらしかったよ
特に見汐さんとのはすごかったな・・・
呼ばれるまですたんばっている倉林さんが何を考えているかもちろんナゾではあるけれど
そりゃあかっこいいよ。
倉林さん超かっこいいと思った。
こんなん倉林さんしかできないなと思ったし田口さんも倉林さんだからふるんだろうし
田口×倉林、やはり恐ろしいと思った
最後に一曲「器」を、3月33日さん(ギターの人がクリトリックリスT着てた)のエレキで
くらばやしさんはホラT着てた(あのPVの人だ・・・とずっと思っていた)
今日の円盤もとてもよかった。


しかし私はアルフレッドを観にいったのであーる


それを忘れそうになるほどくらばやしナイトだなと思ってたら北里くんもそんなこと言ってたのででも私は今日勝手に彼のライブを録音してたので(録音してからしたと言いました・・)自宅で楽しんで記憶を戻しております。
倉林さんが入った曲、フルート良いが、曲がいいなあとちゃんと思ってきいていました。


アルフレッドビーチサンダル、というソロ名義。(どうやらコーネリアスを意識しているらしい)
アルフレッドを観るのは何度目なのだろう・・・まだ三度目だ。
とてもいいCDを今円盤とかで販売中で、そのCDとのブレがないライブをするなと思う。
それでもライブ(生)の彼とパッケージされたアルフレッドは私的に印象が違う。
音源だけで充分な表現、という考え方があると思う。
音源で表現できたらライブは必要なのか?という考え方がある。
アルフレッドのアルバムは音源だけでも充分楽しめる優秀なカンジがある。充分だと思う。
それだけではだめなのかしら?
別に構わないけど。
でもだからこそ生で観る楽しさがある人だと思うんだよねー、なんとなく。その優秀さだけじゃないとこを楽しめる気がするし。
そして人との間で育つひとだと予想。
まあ彼がどうしたいかは知りません。
意外とライブを大事にしてる人なんじゃないかという予想。


北里くんの表現はコンパクトでおしゃれだと思う。なんか複雑でハイセンスな匂いも。
でも聴き続けていると明解でシンプルで単純に曲が面白いないいメロディだなと思う。
実際そんなきもちできいてりゃいいみたい。
あと物語があって、それはなんか小説というより百科事典みたいだと最近思う。
バイト先でよくこどもが国旗の本や世界の偉人百科などをみてたりするけど、あんなかんじ
きっと物語の舞台はどこでもよくて数多の可能性のひとつを俯瞰してうたってるかんじが非常にすてきです。
単純にことばののせ方が秀逸。
ギターも楽しく、声もええこえ。モテそうな声。ああいうもてそうな唄い方の人がまわりにいないなと思う。彼的には唄ってみたらああゆうふうにうたえちゃったんだもん、というカンジなのではないかと予想。
もし彼がここを読んだら言いたい事が山ほどあるだろうと予想。
北里くんの予想をするのは楽しい。
みんなもどんどん北里くんの予想をして、北里くんをいじろう!
ウイットに富んだナイスボーイだぜ。

20100621

バンドワゴン

ブログを書こうかどうか迷う。
おもいがけず(お客さんとしてきてた)気にしてる音楽家に会えたのがよかった。
彼とはなしするのは4月だかのライブ以来、私が彼のライブに行かなければ会えない人ではあるが、あまり遠くにいる感覚がなかった。ついったーのせいだろうか。それもあるけどそれとも違うんだろう。
あたらしいところであたらしいひろがりかたすればいいんだ。
そうゆうのがいいと思う。
同じはこ、同じ顔ぶればかりでは地下にもぐるばかり。
なにかひとつの線
いっぽんの糸さえあればするすると多くのものに繋がることが私たちはできるじゃないか。
そしてその線になっている人が私たちのすぐ近くにいる。
それは超ラッキーなのだ
のっかっちゃえばいいんだから。
いっしょに旅をしようと誘ってくれているんだから行きゃいいやって思う。
ほんの少しづつの幸福をもたらしながら。
その恩恵に気づく事もないかもしれないけど。
それでも日々変わっていくのだと思う。
それを私は信じているところがある。


若いひとたちの純粋なあたたかさで、私自身ひさしぶりに純粋にライブを観たようなきもちになった。
そう若くもないひとたちの奇跡的な集まりが、続いていることに安心感を覚えた。


人気者の吹奏楽者のハイテンションをみてて心配になってしまった。
彼女がどうして、なんで、ああいうハードにみえる活動を続けているのかは私はわからないのだけど、
多分使命を知っているんだろうなと思った。
自分が与えられるものを与えること。
それを選ぶ理由は知らないけど、「選んでいる」ってことになんか価値があるように感じるのだ、私は。
彼女は選んでいる、からこそ、その恩恵にみんながきちんと気がつきますようにって思う。


多くの連鎖やちいさいちいさいミラクルが
きちんと誰かに気づかれるように。
みんなじゃなくていいよ
それを求めている誰かに届くといいなと思う。


ブログを書くか迷ったのでこんな書き方をするのですが
あそこでかんじた何かカタマリを少し記しておきたかったです
そこにいたあなたにわかってもらえることがあるなら、それでいいかなと思う。

20100617

このメロディにのって愛しあおう

フライデーの音源を初めてきいたとき、東京っつーのはまだこんな音楽が隠れているのかと驚愕したものだ。
その衝撃と普遍の絶妙さよ
ライブみるの二回目
既にかなり肌に馴染んでしまっていざ良いトコロを言ってみるとなると みろや としか言えなくなってしまう困った事に
洒落ててキチガイじみたバンドだ
フライデーには誰も文句言えない気がする
真似できるものならしてみたいけどできるやつはいないだろう
そんなロックンロールバンド
ロックンロールなんて言葉は最早逆説的にしか使われなくても
正確にはフライデーはロックンロールなんかじゃないしね
ロックってもっと品が悪いものだと思うし
しかしフライデーにはスピリットが死ぬ程詰まっている
フライデーはオッサンが三人いるが
それは多くの音楽での条件を知るひとたちであり
その彼らが衝動を体現するときの凶暴さが最高に気持ち悪い/良い
フロントのアサダマオは「彼女」と呼ぶより「あの女」
「素敵」と言うより「いかれてる」と言うのが似合うと思う
しかしすばらしく品がある。
アサダマオは「売れたい」と言う
そんな馬鹿みたいに「売れたい 売れたい」と言える勇敢な女ボーカルを私は知らない
アサダ塾に書いてあることはなんも間違っちゃないと思う
アサダマオは音楽におけるラブアンドピースを信じている
音楽の在りようを真剣に感じている
それを愚かだと思う奴は自分では何も提示できないだけだと思う
才能ある志ある者を笑う前に何かをしてみろと思う
だけどその前にフライデーを観ればいい
そして皆で爆笑するのだ!その格好良さに。
あとビジュアルが完璧だと思うね、フライデー。


思わぬオクダサトコの演奏。
二曲しかやらなかったけど私たちにはとても貴重な時間だった。


関西育ちの女たちはなんだか格好良いな。
東京の、なんて言ってる小ささを思い知る。
 

20100614

ばんせとなかまたち






アナホールクラブバンドレコーディングワンマンライブ。
アナホールには無駄に歴史があり過ぎて、時にむかつく。
アナホールは現場に来られなかった方からこうゆう↑メッセージをもらう、そんなバンドなのだった。
「ローカルパンク」に満ちあふれていたものをここで私が書く事も無い。


 

20100613

書き留めるふうのこと必要なぶん

思えば関口くんのチェロは、ずっとチェロの音が入ってる、というのと違う。
関口くんが次どんなのを弾くのかが楽しみなだけでずっと観てる。
私なんぞが関口くんとかの演奏をどーの言う気にもなれないのだけど(そんなのいつでも全部前提だけど)
でも関口くんの演奏というのは
いろんな顔を持っているけれどカラフルというより味わいだと思うし(チェロってのがもうそうゆう楽器なのかなもしや)
何をしてみても決して難解ではないと感じる。
もちろん演奏的に凄いのだろけど 曲として「難解」じゃあ、ないのだ。それが格好良いと私は思うのだよ。



表現(hyogen)を観ることはいつでも手ぶらでよい
何も持たずに聴くだけでよいということを許してくれる。
ただもう音楽をどうぞ どうもと無心で。
いつも表現を観た時に浮かぶイメージは、動脈とか静脈とか。水が流れるように血が巡り滾るイメージ。
「葬儀」という曲
表現ではないバンドが「葬儀」という曲を作ったら、ってフト考えた。
きっとそれだけで意味を深く考えさせられる気がしてしまったりするだろう。
でも表現の「葬儀」は
ただただ「ハレ」の曲として私たちは受け入れてる気がする。
葬儀の日を知らずとも、
続くことのひとつとして、
踊りたくなってしまうだろう。
表現だからこその数々を私たちは溢れる程に与えられてるハズ。
いま地続きで表現を観られていることも含め。
これはなんていうんだろうか、もとに還れる感謝とでもいうか。


なんとなく
ヒントの問題だと思う。


あだちくんはその時々で編成を変えメンバーを組み見せ方を変えている。
関口くんとシラフの時は特に印象が違うと思うけれど
だからいつも曲が違う雰囲気になる。
自分の音楽をヨク伝えるためにそう出来るメンバーをピックアップする、そういう「やりかた」であるけれど
そのやりかたを観てきて私は「鍛えられた」部分があると思っている。
単純に様々な楽器のアンサンブルを知れたり
可能性とかそれで生まれるイマジネーションとかを拡げたり
何か次のことを閃くためのヒントみたいなものが隠れてるカンジがするのだ。
そうやって、
もちろん基本的には演奏を楽しむだけだけれど、
きっとそうやって、
私はあだちくんにも鍛えられてきたと思うのだ。
鍛えてくれる音楽
それはもっとゆるく考えれば、リスナーにヒントをくれるってことだと思う。
何が面白いのかを。
何故面白いのかを。
提示してくれている。
気づけば私はそうゆうものを求めるようになってきている。
それは私が音楽のことわからないから、学ぶことを重視している、っていうだけの話ではないと思うんだけどね。
あだちくんの悪ノリは時にしょーーもなくて、
場所がどこでもそれに変わりなくしょーもないが、
ライブにおいて「進化を共有させてくれる感覚」を作れる人は、実はそういない気がするんだ。
あらぴーが作った曲は、彼らで演奏する良さがあった気がして、それがとてもよかった。


今日はきみやくんのサックスに続く麦ちゃんのトランペットで思わず笑いがこみあげた。
笑うしか無いスゴさの笑い。

20100611

シビレタ






何故こんなPVが出来上がったのかということにおいて、どうやって撮ったのか想像もつかない。
音楽を聴いていながらホライズンを知らないということは、不運だと思う

20100606

野田薫「あの日のうた」

すごく長くなりそうなのでつきあえない人はここまでで。
全部かく かいてやる 感情的なんだ いま







ここ最近野田薫ばっかずっときいていたのです
「あの日のうた」
もちろんほかのCDもすばらしいものが何枚か手元にあって聴いているけど、最初に聴きたいと思うもの、そしてまた戻りたくなるのが野田さんのアルバムだった。
そしてレコ発から帰ってまた聴きたくなっている。
私のそれは、きっと正当な音楽的評価ではないはずだ。
私にはこのアルバムの「良い部分」については詳しく話すことができないもの。
中毒性、と言ったひとがいるけど
思い当たる。
あるとき 離れ難い と思った瞬間があった。
ずっと一緒にいたいと思ってしまった。
「あの日のうた」と。
それからずっと一緒にいた。


中毒性といえば
「あの日のうた」のレコ発に招かれた二組にも思い当たる。
片想いと尾林星。


片想いと尾林星と野田薫。
これ、野田さんどうゆうセンスしてんだ!というくらい高度な企画だ。
それに気づかない人は残念だとしか言いようがない。


片想いは 久しぶりで想い出深い(ような気にさせられる)曲をたくさんやっていた。そんなことどうだっていい。
今回は スティールパンがあった。そんなことどうだっていい。
今回は 西荻の若大将チェリスト関口将文が参加した。そんなことどうだっていい。
えんちゃんが 踊りを強制されていた。そんなことどうだっていい。
シンくんは 当日やってきたボクササイズを軽く取り入れていた瞬間があった。そんなことどうだっていい。
いっしーが アドリブで凄まじいメンバー紹介をした。そんなことどうだっていい。
設定が 高度過ぎたけど大丈夫だったのだろうか。そんなことどうだっていい。
あの曲をやってあの曲をカヴァーした。そんなことどうだっていい。
そんなことごとはどうだっていいのだ。
片想いがいつもやっていることである、いつもはやらない、ということをやってただけだ。
片想いは本当に美しいバンドだ。
なんかおっさんばっかいるけど本当に美しいのだ。
美しい、なんて言葉でまとめると寒気がする。
だから好き。
私は片想いメンバーのこと、好きすぎる。



尾林くんはエフェクトを取り入れていた。
2010年宇宙の旅みたいだった。
(ああいま2010年なんだな)
(でもたぶん私が思ったのは2001年のほうだきっと)
正直全体の構成が高度過ぎてみんなついてけないぎりぎりだったが、最後には勇者でハートをつかんだ。
マイペースだった。
別に誰もついてけなくていいんだと思った。
それはだめだけど、いいんだと思ったのは、
尾林星はやっぱ無敵になったと思ったから。
敵だったものはもう、ただの気分だ。
それでいいんだぜ!
それにしても、ロックスターみたいだった。
尾林くんはステージにいないときほぼオーラが無い。
影のようにどこかにいる。
そんな尾林くんがとても好きなのさ。



この二組を知った時私は中毒を起こした。恋をした。
私が心からその音楽を愛するひとたちである。何があろうとだ。
そして今回は恋して真っ最中の野田さんがいた。
あるとき 野田さんがすごく好きだ と言ったら
野田さんが?野田さんの音楽が?と訊かれた。
そんなの、、、どっちもだろ〜 、、、 え? と思ってそのときうまく返事ができなかった。

私は「野田さんの音楽」が好きなんだと思う。
だけどその音楽をしてる人は当たり前に好きになる。
私は彼らに音楽でしか知り合えなかったかもしれない。
それでも音楽で知り合ったなら、音楽が素晴らしかったなら、とても好きだったら、
何があろうとその音楽をしている人が好きに決まってるのだ。
そんな私はおかしいかもしれないけど、私にはどうしてもそれしか信用できない。
変態かもしれないし、そうだと言われて安心したこともあります。



野田さんはアルバムの曲を順番に演奏した。
アルバムに収められているとおりの編成で
つまりそれはアルバム聴きまくっていた私にとって「生だ!生!CDの!やつ!」という興奮をもたらす。


「秋のおとずれ」 チェロ関口将文とグランドピアノの前にいる野田さんが、いきなり素晴らしい絵面、かっこよすぎた。関口くんのチェロもかっこよすぎた。

「ただあたりまえに」 大河原明子、古川麦のツインホルン。絶対的に壮観。想像を超えるきもちゆさぶられかたをした。クールでやさしかった。ホルンのアレンジはMC.sirafuらしい。

「メロディー」 野田さんひとりで。野田さんの歌は言葉より先に印象がきもちを打つ。「ああ、」っていうフレーズできもちをつかまれたり。

ここでピアノのインストが入った(ここだったと思う)私にはピアノ曲の善し悪しはほんとにわからない。わからないから、すごくいろんなことを考えた。野田さんの曲について。書けるようなことは何もないけど。

「ふと想う」 この曲はアルバムとは少し違う編成だけど 関口くん、麦ちゃん、シラフ、あだれい、この、この、ひとたちを「従えた」野田さん、眺めているだけで凄かった。そして祝福と幸福の音の嵐!あだち麗三郎は「あの日のうた」プロデューサーでありレーベルオーナー。

「わたしの知りたいこと」 ピアノ弾きの野田さんがハンドマイク、西井夕紀子がピアノ。それだけに、ゆっきーはなんていうかすごく責任を持って演奏をしてるんじゃないかと思う。ゆっきーはずっと野田さんの姿をみながら演奏していてぐっときてしまった。それを伝えたら「見ないと合わせられないから〜」と言ってたけど、それはやっぱゆっきーが野田さんのために、ピアノ弾いてたってことだと思う。

「あの日」あだれいドラムとふたりでアルバム最後の曲。うう。


野田さんはアンコールやる気はなかったようだけど、そこはやるでしょう。
新しい曲を、それはやるでしょう。


あーなんだか 書ききった感があるけど、まだ終わってない。
ぜんぶかく


「あの日のうた」は6章に分けられた小説のように一貫したストーリーがあると思う。
そうゆう言い方ってありふれてるか?
でも実感した。こうゆうことかと思う。
6曲を何度もくりかえして、くりかえす度に必ず感動した。
歌詞の意味とか考えなくても、なにかひとことが響く瞬間瞬間にとても深くはまってしまう。
ピアノのイントロが始まると言いようの無い安心を感じたりする。
小説でいうなら、物語の流れではなく、文脈の美しさとか描写の確かさに感動するみたいなことだと思う。
そしていつのまにか全体の素晴らしさを知っている みたいなこと。
野田さんの声がいつでも頭のなかにある。
これ、何だろう?
と、ずっと思っているのだけど、わからないまま、ただとにかく聴くだけ。


再生回数の多さは、音楽の素晴らしさなのか?
それが私ははっきりしない。
たとえば井手リョウさんの音楽を聴くのも、野田さんと同じような感覚だ。
とにかく何度も聴きたくなるけど、褒めようが私にはわからない。なんだか失礼な話みたいだけど、
私に言えるのは、
好きだということだけだ。


「あの日のうた」は今回出演したみんなのバックでの演奏、やっぱりそこも私には大切なことだった。
いつもとは違う楽器の音でも、いつも聴いてるブラシの音でも、これ知ってるなあと思うみんなの音があって、なんだかたまらなくなるよ。
それを繋ぐ野田さんのうたに、なんか救われていたような気がする。




と いうようなことを簡潔に、少しさっぱりめに レビューを書かせていただいたので機会があったら読んでください。スポッテッド701の今月出る号です。そこに書ききれなかったことをいまかきました。
轟渚さんと三輪二郎さんもいっしょに書かせていただきました。
文章としてはアホさのみですが 私の気持ちだけでいいと思いました。
これからも そうする

20100603

投げ銭

松倉さんの投げ銭ライブに行った。
ライブの内容はたいせつにこころにしまう。
対価についてちょっと思ったこと。


武蔵野公会堂でチャージはなかった。帰りにばけつにみんなでお金を入れて帰る。
今日の松倉さんたちのステージに対して、自分の気持ちを入れるのだ。
私は正直自分の生活事情を加味してお金を入れた。それって「今日の対価」ではない。
じゃあ、たとえばいくらでも持っていたら、いくら入れただろう、と思った。


普段ライブハウスではチャージ(ドリンク代)を入れて2,000円から3,000円払っている。
それがインディーズの相場で、それを払えば最初から最後まで観ても途中で帰ってもなんでもいいわけで。
今日はいいライブを観られたから、チップをあげよう!ということは
稀にあるかもしれないがほぼないだろう。
CDやグッズを買ったり一杯奢ったりでその気持ちを表すことはあるかもしれないが。
私たちは「対価」ではなくて、「きまり」を払って好きなように観ているのだね。
そしてそれは果たして安いのか高いのか。
安いと思うときもあるし高いと思うときもあるのは内容次第というか
自分がどうゆう時間を過ごしたかによると思うけど
でも実際ギャラとか設備とか人件費とか考えたらどういう内訳なんだろう。
いつもそんなことは考えずその「きまり」をなんとなく受け入れてそういうもんだと思っている。
「お代」には何でも相場があるけど、表現に相場があるのだろうか。


本当の対価を払うということはきっと難しいことで
敢えて松倉さんはそこに挑戦した。
だからこそもっと入れたかったですね、っていう
小さいはなしでごめん。

20100529

とんち100%伝説

ドーナツでも食べて考えよう そやな 考えよう これからの生きてゆく術を



これから要チェックのレーベル・・・レーベルて・・・
やっぱし彼らがこれからどうなってもレーベルじゃなくて「ただの集まり」だと思うのだろう。
とんち100%伝説は寄合 あれ模合みたいな行事じゃないのか
でもとんちレコードのすべてが音楽的にマストであることは間違いないのだ
だから私たちはこれからここをチェックしなければいけない

http://bridge.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=92581&csid=369


とんちレコードって結局なんなの?なんてもう言っていてはならないのだ。
たとえHPがなんか意味がわからなくて複雑に感じてしまっても。
「とんちレコード」の難解なコードを解読すべく夜。
それが恐怖の「とんち100%伝説」だったのだ



シンクロ
片岡信 黒岡まさひろ 園田俊夫 + 石塚一弘 遠藤里美 倉林哲也 伴瀬朝彦 あだち麗三郎 MC.sirafu

昨日バイトに行く前に、この日リリースされたアルバムを二回再生した。
そしてバイト先でまず会ったのがシンクロのシンのほうの人だったため、仕事の間ずっと
ラスティラスティラ、ちょーっといいですか、 が頭の中流れ続けていた。


片想い
片岡シン 大河原明子 遠藤里美 伴瀬朝彦 石塚いっしー あだち麗三郎 MC.sirafu  + 河合一尊

帰ってきた片想い
おめーらおせーんだよなに待たせてんだよコラ
いっそんくんのギターソロがさすがとしかいえない



ホライズン山下宅配便
黒岡まさひろ 伴瀬朝彦 河合一尊 倉林哲也  + 白鳥良章 石塚石様 MC.sirafu

恐怖の最高潮。
黒岡さんがテーブルの前を通ったときにビールの瓶が倒れて
あぶなーい、と手を出したら黒岡さんが瓶じゃなくて私の手をガッと握ってきたから皆どさくさ!とか言って笑ってて、やすみは、いいな!と言って私の手を触った。
私らはホライズンの演奏のあとで黒岡さんはもうロックスターにしか見えてなかったので嬉しくて
いっそんくんの着てるTシャツを洗わないままちょうだい、とかいうのも
スターにハンカチを渡して汗ふいて返してもらうというあのノリが
ホライズンに対して存在するのだった。
実際ホライズンの演奏というのはギャルなら失神するんであろうというノリなのだ
あのロックは官能的なんである
正直木琴にきれいに隠れて全裸は拝んでいないものの
そうゆう問題じゃないのである



アナホールクラブバンド
伴瀬朝彦 河合一尊 遠藤里美 白鳥良章 一楽誉志幸 +だったのかもしれない黒岡まさひろ

一楽くんはいつも告知がしっかりできる子だと感心します!
ばんせももっとがんばりなさい!
このバンドやっぱ曲凄いいいっつーの



倉林哲也

今度リキッドでトクマルシューゴさんの前座をする人。
このイベントは出順をあみだくじで決めていますが、
トリがこの人になったのはとんちのクジ運に神が降りたとしか言えない





全然羨ましくなかった。
とんちレコードをいつも羨ましいと思っていた。
彼らの繋がりと、繋がっているうえですべてが独立していること
人生と音楽がひとつになっている様を
いつも羨んで、悔しいといつも感じていたのに、
この日は全然うらやましくなかった。


そうゆう気持ちをすっかり忘れていたのは結局彼らが音楽で私たちのスターになってしまったからであり
そうゆう気持ちをすっかり忘れさせるライブを彼らがしてしまっているから
ブランニューデイ
あの場の幸福感にこれからしか感じなかった
はじまるぞとらっぱが鳴っているようだった
馬鹿のように「とんちのテーマソングでしょー」と私が思っている名曲「雨の日」
人ばかりいて楽器ほとんどなかったその日の「雨の日」だが
行進は続くのだ


幸福感と言ってみたが、ライブの最中に私はただ「ずっと嬉しいだけ」で、それは感じてはいなかった。
彼らの音楽をきいてずっと嬉しいだけ
つまりそれが幸福なのでしょう
とにもかくにもとんちまつりはすーぐにあーというまに終わってしまいさみしくなってしまった。
いっしーはいつもよりうかれてた気がする
そんなのすてきだ




シンクロのCD評書くように言われましたが
本当に才能としか言いようがないですね・・・
誕生日をアピールし過ぎです




tonchiRecords0004
シンクロ「タペストリー」

20100526

そのまえに

席を外している間に片想いの出演はなくなっていた。
ブログも消されている。
きっと正しい判断なのだと思う。


私は、
フェスに対して文句を言って、キュレーターや出演者にまで批判をする形になったけれど、
みんなにつまらない日にしてほしくないということだったんだ。


もっと根本の話をしてるつもりなんだよ。
だってこれからずっとそうでしょう。
みんなやり方を考えてるんでしょう。


みんなが自分の音楽を守ろうともしないなら、私が今好きで聴いてる音楽っていったい何ってなってしまうよー。
そこで何をしたいのか、わかっているならきっといい演奏ができる。

とんち100%の日誌先に書いとけばよかったと思いながら

当事者でないという立場をとって修正したせいか
私には何も言われない。読まれているだけ。
バカバカしいかもしれないけど
私は人の気持ちだって想像しながら
少なからず勇気をもって書いたことだ。
でもリスナーとしての私の意見は薄い。
だからMC.sirafuが出演者からの意見を述べてくれて、
音楽家の意見がどれだけ心強かったか


波風立てたいだけなんじゃないのと思われてるかもしれない。


でも実際に
私たちに直接意志を伝えてくれたひと、
公にあたりまえのようにはっきりと発言をしてくれたひとが、いた。
それぞれの持つ意見をくれたのが、
やはり音楽的にも尊敬できるひとたちだったこと、
オリジナリティーと愛あるリスナーだったこと、
それは私たちにとって救われること。


私たちという言い方は違うか
私はいちリスナーとして書いているけど
MCは出演者の立場からはっきりとものを言った。
関係とか信頼とかにリスクあるよ。
でも関係とか信頼とかがあるからこそ言うことだね。
言わなくても済むことだよ。
でも言わなかったら面白いことなんかできないよね。一生。


MCのブログをみてもらえばわかるとおり
主催者からコメントがきてますね。
このコメントを読んで、「その通りだ、文句があるなら直接言えばいい」と、皆思うだろうか?
少なくとも私たちを知っている人はそう思わない、と思いたい。
そゆことじゃないじゃんね

20100525

ファッキンフェスのこと

東演です。
私はぐるぐる回る2010に関しては終わってからいろいろ言おうと思っていた。
実際やってみてどうなるかわからないし、キュレーターたちの士気に関わることだと思ったから。
でも実際みんなそんなどうでもいいのか? と思ったのでかく


あくまで私が、それに関わる人々をみてて感じたことだから、そこは間違わないでください。
そんで読んでくれるならぜったい最後まで読んでください。


そもそも去年までも廃校フェスというフェス自体にはそこまで魅力はなく、好きなみんながいるイベントに参加できる楽しさだけだったと思う。それでも教室という、ライブにとっては特殊だが誰もが馴染みのある空間でクラス単位でミニマムに、けれど全校になったときダイナミックにも思えるフェスとしての面白さが、去年まではあったわけで。
でも、今回埼玉スタジアムでやるのは必然性を感じない。
実際ライブを企画するキュレーターたちが音づくりで悩むのは必至だと思う。
機材の持ち込み、搬入撤収、時間の制限に加え、
アクセスの悪さ(私はサッカーを観に行ったことがあるから、ライブイベントをするには、そして去年と比べて、悪いと言い切るよ)がある。それを「特別感」にしてしまう無理も感じる。


6月末の開催で、新たにブースが設置されるということで私も一応声をかけてもらった。
5月に入ってから。
今からでは面白いことは思いつかない、という理由で断って、
実際それもそうなんだけど
フェス自体に魅力を感じていたら無理にでもやったかもしれない。
参加したくはなかったのだ。


主催ばかりではなくキュレーター間、ブース間でも色々とスムーズでないこともあるようだし、
それが出演するアーティストに影響を与えていることもきいている。
そうゆうのは当然あることでしょ、と言えるかもしれないけど
主催の方のインタビューを読んでていちいち「そうなの?」って思った。
その感覚がキュレーターの意識まで麻痺させてない?と思った。
違和感とまではいかなくても、これだ!って感じて準備できてるのかなあ、みんな?
結局デカイフェスというのはデカイことだけに意義があるのか。
デカくていっぱいならスゴイじゃん!てだけか。
フェスの大きさと、本当に大切な音楽の意義は比例するものではない、で
それでいいんだね、ぐるぐるは、という印象しかない。
規模が大きければイイでしょそりゃ!という目的の無いイベントに感じてしまう。


それはお客さんが知らなくてもいい、すごく細かいニュアンスのことかもしれないけど、
お客さんが知らなくていいことなんて、あるのか?
むしろ、観る人が意識すべきことじゃないの?


私はどうだっていいのだ、どんなフェスになったって。
でも、私の好きなひとたちが多く出演が決まっているのだ。
言っても東演まつりできるじゃんてくらいのめんつなのだ。
彼らに敬意を示せないようなイベントには、正直彼らに出てほしくない。
彼らをないがしろにして目玉アーティストがどうのとかいうイベントになど出てほしくなかった。
たとえ真価を知らずとも、全ての出演者に敬意を示せないならイベントするなと思う。
私のまわりのアーティストたち以外にも、違和感を覚えさせているんじゃないんだろうか?
そして私が知る人々がキュレーターをしている。
それを思うとこんなこと書くべきではないかもしれないけど、彼らが本当に面白いと思えているのかも全然知らないけど、私は気がかりだ。


そして、
字が小せえ とか
プロフィールもねえ とか
それを不快だと発言する出演者に対し、
穏便にやろうよ、とかもし言う人がいるならそれは違うのだ。
出演者として当然の態度なんだよ。
他のひとたちにももっとプライドとか問題意識とか持ってほしい。
当日だってまともに演奏出来るかどうかなんてわかんないんだから、緊張しなきゃだめだと思うし。


それでも、結局、終わってみれば面白かった、で事は済むのかもしれない。


でもよく考えてほしいんだよなあ、
今自分たちがどこで演奏するべきなのか、観るべきなのかってことも。
(そんなこと言って東演に誰もこなくなったりしたらどうしようだが はは・・・)
そして何のためにイベントを興すのかってこと。
ぐるぐるだけじゃないよ、
自分が関わることなら、もっと考えなきゃ。
そいで、たとえそのときは何も出来なくても、次の意識に活かさなきゃ。



ここで言いたいのはフェスに対する文句だけじゃないからいま書くことにしました。



前にモモジさんが「お客さん10人くらいだけでやりたい」みたいなツイートしてて、そうゆうのをさらっと言えるのが凄いなあと思って、
私にはそれがものすごくいまどきに感じた。
これ関係なくないよ。
大きいフェスが駄目とかそうゆう単純なことでもない。
わかってもらいたいです

20100517

踊る終末

cero

ふいご

NRQ

(まめッこ)

山中夏樹 押田千紗代

スッパバンド

神さま

ザ・なつやすみバンド

VIDEOTAPEMUSIC

神さま

Temple book

表現

20100515

まめッこの予定が決定

みなさんが心待ちにしているまめッこ改め藤井洋平のアルバムは8月発売予定だそうです

NRQツアーファイナル

魅力、というものが演奏の一瞬一瞬に存在して常にはじけて、颯爽と駆け抜けて行くけれど香りがどこまでも残るような。


NRQってさ、すっごいじゃん。
ほんっとにステキじゃん。
みんなそう思ってるじゃんか。
そのうえで名古屋でふと思ったのは、このひとたちはほんとに「ただの同級生」みたいな雰囲気だなと。
それまで話したこともなかったのに実は心底話があうクラスメートをみつけてとなりのクラスの子も実は話が合ってとなりの高校にも実はすごい子がいて意外なチームが出来上がってたみたいな
そのたとえはちょっとしょうもなさすぎるかもしれないけど
あのメンバーからそんなことを感じるのがポイントであって
敬意と公平さに凹凸の無い、しかし全てに突出した個性がある、素晴らしいバランスのありえないようなバンドだなと思った。
そいで昨日は帰りにくまちゃんとライブのことをいろいろ話してても、
とにも今このようにNRQの音楽を知れていることがなんとラッキーであるかというような結論だった気がする


NRQに名古屋神戸京都東京は狭いツアーだと思う
ヨーロッパアジア南米世界のどの街で鳴っていても「ああ、」って感じなんだろうと思うのだ
その空想がいくらでも吉祥寺で出来たね。
サムライたちは楽器を抜くのである

20100508

NRQツアー、名古屋




それでこっちゃんは何で来たのとNRQの皆様にはまだ思われていそうですが
ハポンに行きたかったのです


NRQをハポンでみるのは素晴らしいに違いない
スティーブジャクソンをホームでみるのは素晴らしいに違いない
だったらきっとPYRAMIDというバンドも素晴らしいに違いない


名古屋についてから知ったけどこの素晴らしいブッキングは吉田悠樹氏によるものだったらしい。
そんなら尚更間違いなかったじゃないか。


写真機も録音機も忘れて名古屋に行った。
ハポンは公演中で内装がスゴイことになっていた。ステージもできてた


ライブの感想をどう書こうと考えるにつけ難しい。
感動し続けていたことだけ。
最初のスティーブジャクソンが始まった瞬間から、NRQのアンコール「十二月のカエル」まで、思い出してもいま感動して泣ける。
音のひとつひとつにメッセージがあることは、それは逆にメッセージなんて皆無なのかもしれないけども、スタイルに対する勇気とか確信とかはそのものがメッセージというか
もういいか。何を言ったところで。たくさんあるんだよ。


「余分な人」の最中、上を電車が通って、コントラバスと電車の音が完全に音楽になってた。
私はハポンにとても憧れがあって、それを素直に出すことが今回の日帰りという行動だった気がするんだけど、NRQでよかったなあ。吉田ブッキングでよかった。


だめだ
行ってよかったという気持ちがうまく書けません。
とにかくNRQのみなさんは今日もツアー続いております。
NRQには海外にも行ってほしい


また来週東京で



【NRQ「オールド・ゴースト・タウン」発売記念ツアー】

■2010年5月7日(金)
[名古屋]
K.Dハポン
http://www2.odn.ne.jp/kdjapon/
◆open19:00/start19:30
◆前売/当日¥2,000+drink
◆共演:THE PYRAMID/スティーブジャクソン
---------------------------
■2010年5月8日(土) 
[神戸]
塩屋旧グッゲンハイム邸 
http://www.geocities.jp/shioyag/

【第2回軽音楽とジャンボリー】 
◆open15:00/start15:30(21時過ぎ終了予定) 
◆前売¥3000/当日¥3500
◆出演:
◇bikemondo
◇かえる属 
 (かえるさんa.k.a.細馬宏通/中尾勘二)
◇梅田哲也
◇軽音楽とジャンボリーBand 
 (江崎將史/山本信記/中尾勘二/牧野琢磨/山路知恵子)
◇NRQ  
 (吉田悠樹/牧野琢磨/服部将典/中尾勘二)
◇テニスコーツ 
 (さや/植野隆司)
◇さりとて 
 (杉本拓/佳村萌)
◇水谷泰久トリオ
 (水谷泰久/稲田誠/半野田拓)
◇ゑでゐ鼓雨磨
◇森本アリ+藤本優 

予約先:guggenheim2007@gmail.com/078-220-3924
---------------------------
■2010年5月9日(日) 
[京都]
磔磔
http://www.geisya.or.jp/~takutaku/

◆open:17:00/start:18:00
◆前売¥2000/当日¥2400(共に+drink)
◆共演:Cherry's(伊藤大地、武藤雅孝、富樫春生)&浦朋恵
---------------------------
■2010年5月14日(金)
[東京]
吉祥寺MANDALA-2
http://www.mandala.gr.jp/man2.html

◆open18:30/start19:30
◆前売¥2000/当日¥2500(共に+drink)
◆共演:ふいご(中尾勘二、古池寿浩、関島岳郎)、cero
※3/14より店頭で前売開始

【チケット予約&問い合わせ】
yukiyoshida57@gmail.com (吉田)





20100428

DOMMUNEみたよ、主観で

どみゅーん@前野健太みました。初どみゅーん
カメラの切り替わりに若干恥ずかしい心地がしたのは私だけですか。
みてるひとのコメントをみて思う、

これを1,000人程度の人しかみてないなんて世も末(とは言ってないが)
みたいなこと書いてたかたがいましたが

私は逆でこれを1,000人以上のひとがみてるなんて本当のライブはどーなるんだと思った。

でも最後に「ライブに行ってみよう」というひともいたからいいのか。

最後1,300人位になってたけどやっぱり「ライブテープの前野健太」は有名人だからということなのかな。前野さんが今どれくらい認知と人気があるのかはよくわからないけど
この放送でいいライブ→ライブに行ってみよう という図式は
やっぱり基本のシェアがあってこそなんだろうか。
既知のものをみんなで楽しむというデフォルトが。

もし単純に未知の素晴らしい音楽を知りたいという(報せたいという)コンセプトだとしたら、
あだち麗三郎を出演させてシラフや麦ちゃんをゲストにしていつも四谷でやってたみたいなことをこれで流したら結構みてる人の反応とか話題とかすごいことになるだろうな〜〜と考えたけど
多分そうゆうんじゃないんでしょうね。


で、やっぱりワンクリックでみられるライブってすごいと思った。
こうやって体調悪い時でも家でライブみられるのだ。
でも私は今日実際にライブハウスでお金をとって(おそらくいくらかを自分たちで払って)演奏をしてる何組かの人々のことを考える。
明日のニコニコ生放送のことを考える。
いくら内容がよくても知られていなければ意味がないということだね。
どみゅーんは実際足を運んでいるひとの、ひとつの楽しみ方だと思う。
ただどうしても考えるのは多くの人は誰かの評価とお膳立てから情報を求める傾向にあるということは否めないということ。
それはごく自然なことで決して批判できることではない。
私はあまり魅力を感じないというだけのことかもしれない。
私なんか最近誰かのお膳立てでしかライブみてないから、何も言えないんだけどね。
でも明日のニコニコ生放送は観てほしいんだよなあ〜〜




まっけんさんのすごい出し物があるよ。
まず、ゆるぎないユーモアがあるね、いなかやろうの部屋には。




ねきちゃん企画に行く人だけにはタイムシフト予約を許可します

でも絶対あとでみてよね!!


こう思うとライブに負けることもありうるのだ
自分たちの価値がどこにあるかということだ


むずかしいね

20100425

尾林×オクダ


あめりか





オクダサトコとシラフとあらぴー

オクダサトコ+MCシラフ+荒内佑のライブ素晴らしかった。
私はこちらとあちらとの感情でライブをみなければいけなかったんだけど


オクダサトコが今日どんなライブをするのか。
シラフとあらぴーがオクダサトコの音楽をどうするのか。


単純にシラフとあらぴーが誰かとやるよというだけで、東京においてはみる価値があることのひとつだと思う。それを京都と東京でつまりお互い日常的に段階的に見続けていない人、たとえシラフとオクダさんの付き合いが長くても、そういうカラミ、ある意味試み、でやるというのは結構「やりかた」として大きなことだと思う。


今日のオクダサトコは、私は穴心で初めて観た時の感覚がまた戻ってきたようなかんじだった。クールなオクダサトコ。すごく好き。
そして三人でトリプル鍵盤、トリプルギターというみためばかみたいな方法は、全然ばかみたいじゃなくて、格好良かったんだ。
役割がくっきりとしてて意外とシンプルで。
そしてとにかく音楽として素晴らしいと思った。


そんでそれは彼ら三人で本気で臨んだからだと思った。

素晴らしくて私は感情が無くなっていた。嬉しいとかかなしいとかせつないとかたのしいとかなくなってた。
もっと三人がぶつかったっていいんじゃないかとも思った。



オクダサトコは明日はビバシェリーでライブをして京都に帰ってしまう。



昨日のおりんぽしのことで今日になって思うこともあって、書こうかと思ったけど
今日のライブがとても大切に思えるので書かない。



あ、でも
オクダさんのブッキングを持ちかけてくれて、前日にお願いしたのにPAやってくれたばんせと
機材貸してくれて色々相談にのってくれたシラフに
感謝します。
それは直接言えばいいことだけど、彼らがそうゆうのをしてくれたんだよ
ってのを書いておきたい。







20100424

季刊おりんぽし6回め







季刊おりんぽし第六回終了いたしました。
来てくれたみなさん、
ロジのるみさんしょうちゃん、
PAしてくれた伴瀬さん、
出演してくださったmomo椿*のANNIEくん繭ちゃん、オクダサトコさん、

ありがとうございました!






平和に過ぎたけれど、多くのとくべつがあった夜だったと思います。

何からいえばよいか?


それぞれの演奏の感想よりも
今回のおりんぽしの意味を感じたいと思うのです。
意味はあとからついてくる のだけど
何か意味がある気がずっとしてて


momo椿*をおりんぽしに呼べたこと、
オクダさんが尾林くんと出逢ったこと、
今夜の尾林くんのアクト、
それそれぞれに意味がある気がして
結構おおきな意味が、なにかあったらいいなと考えてて
でもそれは今言葉にしなくてもいいんじゃないかという気もして



なんか素敵だったでしょう、とにかく。


どうですかね。
みんなが何か思ってくれたら







ただ今書いておきたいのは、
今夜ついにヒーローが現れた、と思ったこと
新しい最高にバカみたいなギターとともに勇者がやってきたのです。
おりんぽしが掲げるものがついに届く時が来たんじゃないかと


とにかくおりんぽしやっててよかったって思えた


とても漠然としてるけどそれでいいかなと思う
だめなんだけどねちゃんと伝えないと
でもライブだったのです
そこで演奏されてたことだけが本当ですわ
(みてくれてたアナタは目撃者)


企画をやっているうえでそれは、伝えたいことのひとつ、おおきな。
来てほしい。ここでやってることを知ってほしいです。
おりんぽしまたやります。
来てください。
いい夜しかないんだぜ。



でも付録



ロジのうた2


懐かしくなってしまった音の悪いブログ。

オクダサトコも面白いガットギターを使ってるしなんか個性的な楽器が揃ってたなあ。




☆ロジ、ライブ用に新機材導入です!無敵。
 いつもほんとにありがとうございます。
 みんな呑みに行ってね〜




20100421

季刊おりんぽし この春号 はフライデー

ついに金曜とあさってじゃんいうとこまでひっぱってしまいましたが、
おりんぽしやりますー!


京都のオクダサトコさんが出演してくださいます。
関東以外からお迎えするの初めてダス
オクダさんにはとんちレコード繋がりで何度かお会いしてて
演奏も何度かみさせていただいておりますが
バンドだったりピアノだったりギターだったりエレキだったりなんだりいつも印象が違うような気もします。
だから私にはまだこれがオクダサトコだというのは語れないのですが
今回みなさんと目撃できたら面白いなと思ってます。

尾林くんとオクダさんはお互い知り合っていません。
金曜日に初対面です。
だけどなんか起こります(おー緊張してきた)お楽しみに。

あのふたりでどんなになるんやろうと誰も予測できません。
見逃すなかれ。


momo椿*のおふたりと尾林くんは御殿場以来。
あのときに繭ちゃんは「なんか私たちは似てる」っていう感想を持ったそうです。
尾林星とmomo椿*。
私たちにはすぐに想像がつかないけど
世界は似てるのかもしれない。
私らが考えうる部分よりもっともっと大きいあるいは小さい、
森の樹木の根っこが絡み合ってる地下の部分みたいなイメージで
そうなのかも。
だったら楽しい。

だからいつかおりんぽし出ていただきたいと思ってて
東演ではなくおりんぽしで、尾林くんに集ってもらえたのが嬉しい。

momo椿*は男女アコーディオンユニットです。
どういう音楽かといえば
私は誰もが どんな音楽が好きであれどんな音楽をやっているんであれ
誰もが一度は彼等をみるべきだと思ってます。
そうゆう音楽。
みたら誰でも意味がわかると思う。


なんだかいつもおりんぽしの時は直前までのほほんとしてしまうんだけど
急にこのイベントの凄さに気づいて不思議な気持ちになるのです。


今回は先にいっときますがおりんぽしはほんとに良いイベントです。
尾林星がホストのイベントだからあたりまえといえばあたりまえだけど
誰も計算してないのに勝手にすごい力が働いてしまう
そうゆう音楽が演奏される


そう思うとかなり根源的なイベントだと言えるなあ・・・


まだ参加したことないやっていう方も是非いらしてください
いい夜があります



季刊おりんぽし この春号

4月23日(金)@阿佐ヶ谷ROJI
開場19時 開演19時30分
チャージ1,000円ドリンク別


出演:

momo椿*

オクダサトコ

尾林 星



我らがロジにて
ロジってどんなとこ?って興味のある方も是非是非 






フライデー


荒野の獣達とジャンヌダルクです




衝撃。
フライデーってバンドを初めて観ましたよ。
素晴らしく凶暴であたたかき音楽に噛まれる


アサダマオといっしーとシラフとばんせです。
片想いのひとらじゃん、元々アナホールじゃんてことなんだけど
このひとらにはそうゆう感覚無い。どこにいても独立した人物だ。


軽く呼吸しづらくなり、吐きそうになるくらい感動した。
興奮して満たされた。
バンドを観るならこうゆうのがみたいと思った。
つか音楽をやるならこうゆうのやりたいと思うはずだ。


アサダマオの強さや弱さや賢さやアホさや野心や愛にとても惹かれる。
アサダマオのうたにはよく「人生」という言葉がでてくるようだ。
つい思ってしまう、そんな何年も生きてないしまだ人生なんてそう語れないよ というのは嘘なんだなとアサダマオで思う。
何年だろうと生きていることについて考えて生きていればいくらでも語れるのだ。
生きているアサダマオのうたにとても惹かれる。
えぐいと思う人もいるかもしれないけど
ほんとに吐くくらいえぐいものがききたい。
ゲロ吐くくらい感動したい。
フライデーにそうゆうものを聴かせてほしい。


猿にうんこを投げつけられているかのようなのだが
みんなもっとうんこまみれになったらいいのにと思う
服が汚れるのを気にする前にフライデーまみれになったらいいのにと思う
そのほうが余っ程浄化されるに違いない
それがわからないひとはバスドラの下敷きになって死ねばいい
そうゆうこと書いちゃだめだと思う
でもアクセス数激低下してるからいいかなと思う
全てを報告するのはまっぴらだが書くべきことをほんとの気分で書かないなら結構どうでもいい。


フライデーだ。
結局何より素晴らしかったのはアサダマオの存在ありきのフライデーだってとこ。
私はとんちはいりだけれど、結局フライデーはアサダマオの声や言葉や姿やその音楽に感動する。いかれたメンバーだけれど誰よりアサダマオが一番いかれている。とんちめんらはアサダマオのバンドをやるメンバーとして不足ない、と言えるだけだと思う。かっこいいな。そう思わせるあいつらほんとかっこいいな。





どっちかっつうとフライデーはおしゃれなバンドでした。おわり。