ここ一年くらいAlfred Beach Sandalをまあまあ観続けているほうだと思うのですが
すげえいいライブをみてしまった
いままでよくないライブとか思ったことはないが、彼のいいライブというのはハッキリわかる。私にでも。
確実に観てるひとを連れてくからわかる。
そんななかで「奇跡みたいに」良い演奏をみてしまったな。
アルフレッドといえば
彼の表現のしかたや発想は観るひとにとってはるかな憧れだと思う。
音楽の表情は個性的であるけれど彼のフィルターを通し完全に彼の中にとりこまれたそれはとてもあたりまえに私たちに響いてくる。
いつもそのキャッチーさと絶対のエンタメに感動する。
ものすごく、気がきいてるかんじ。
さりげなくそして満たされるサーヴィス!
そんなこたアルフレッドは思ってないでしょうが
きくひとをふつふつと高揚させるそのサーヴィスこそ音楽だなと私なんかは思うのです。
すげえいいライブのその日のパートナーは、伴瀬朝彦でありました。
ふたつの向かい合うガットギターが。
20110326
20110321
20110315
声が嗄れるまでうたを謳おうか
東京のみなさんに、労い申し上げます。
なんだかよくわからない長い週末でした。
私の北関東の家族は幸い無事でそれぞれになんとか乗り切っているようだと確認できました。
まだその確認ができない方もいるんでしょうね。
私は金曜に地震が来た瞬間から、おびえました。
私たちの今の生活がなくなるのかもしれない。
それって、ライブだのアルバムだのイベントだのと言っていられない状況のことです。
それが天災や人災に侵されることは、いつでも覚悟していたつもりだけど。
私が怖かったのは、それだけでした。
私がその状況に対峙したときに、何もできる自信がなかったから、怖かった。
でもみなさんには演奏があると思う。
いつも、生活とともにあった演奏が。
「音楽になにができるか」というけど、何もできないと、私は思う。
ただ、あの地震の翌日に行われたマリアハトのイベント。
あのとき、チャージフリー、会場節電、時間短縮とかの条件のもと、440とマリアハトの英断でライブが開催され、お客さんもいくらか集まった。
その時に私は知った顔に出逢いほっとしたけど、彼らに何か与えることはできなかった。
それはお互いそうなのかな。
ただ、居るよということを確認できたことは私たちにとって大切だったと思いたい。
もちろん私たちはそれなりに不安を抱えて足を運んでた。
いつどうなるかわからないこと。
こんなときに音楽を演奏し聴くとはどういうことかってことわかんない。
放射能の不安とか、家族とか、色々あった。
Alfred Beach Sandalは北里くん、一樂くん、MCシラフの三人での微音(でもなかったか)編成だった。
そこに急遽、伴瀬さんが入り、4人はステージとフロア中央に離れ広がり、面白い布陣で二曲演奏した。
エンターテインメントをした。
4人で「エイブラハムの髭占い」と「メキシコ生まれの甥っ子」を演奏したとき、そこにいた人々が暗に共有していた不安が払拭されていた。
確かにその二曲の間だけは。その間だけでも。
そのとき、アルフレッドバンドは、音楽で何かをしたのだと思った。
音楽は何もできない。なにかしなければとか、できると思う必要なんてない。それをうけとる人が、音楽になにかしてもらえたと思ったときに初めて、「何かできる」だけだと思うから。
それは今に限ったことじゃなく、いつだって、そうだったと思う。
なぜ音楽をしているかなんて、そもそもみんなわからないで、でもやってるでしょう?自分がやらずにいられないなら、やればいいだけ。自分の音楽に自信を持ち続けていればいいだけ。
うけとるひとも、やるひとも、自分で決めればいいのです。
今は、自分自身の決断や判断を鍛えるときでもあるのだと思う。
ところがしかし、
何ができるかって?何だってできらあ!という判断と行動を速攻くだしたのが高円寺円盤
最新のニュースhttp://enbannews.blogspot.com/2009/10/cd.html
(これを受けてか自発か、いろいろなライブハウスでも似た流れが。)
単純に、円盤の文化を享受し保存していくことも我々にできること、すべきことと思います。
とりあえず音楽をやるための生活と、そばにいる人を、全部じゃなくていいと思う、自分の視界にいるひとだけでも大切にしていれば。明日音楽ができなくなるかもしれない。でも明後日にはできるかもしれない。
音楽だけじゃなくてすべてのことがそうだよね。
そもそも音楽はそんな特別なことじゃないんだから。ただの生活のひとつなんだもの。
私は自分自身にできることはやりたい。何もしてない。間違うのを回避するのにせいいっぱいです。
災害のときの情報や善意の誤りが恐ろしいのは今までのことでわかっていること。
間違えないようにしたい。
自分の判断を冷静に保つこと。笑えるときは笑うし。
移動手段などで苦労してる方もいっぱいいると思いますが、それでもまだ東京は深刻にならずに乗り切れる範囲です。大袈裟なのはいやだ。今まで通りのこともやれているのがラッキーだと思う。
これから発売予定の新譜のサンプル作ったり、納品の準備したり、今までの続きは、やれるときに続けています。
入ってきた情報には、自分の経験と想像力で対処しなきゃいけないです。
不安や怒りとかも想像力で回避できることたくさんある。
怖かったですよね。今も怖いよね。
それでもみんな、一日いちええやん精神を忘れてないこと、素晴らしいよ。
また会いたいんだよ、いつものように。
こんなブログをアップしてしまって、あとで自分はどう思うのだろう。わからないや。
きょうのタイトルは福原希己江さんの曲中より拝借。きこえています。
http://www.myspace.com/fukuharakimie
なんだかよくわからない長い週末でした。
私の北関東の家族は幸い無事でそれぞれになんとか乗り切っているようだと確認できました。
まだその確認ができない方もいるんでしょうね。
私は金曜に地震が来た瞬間から、おびえました。
私たちの今の生活がなくなるのかもしれない。
それって、ライブだのアルバムだのイベントだのと言っていられない状況のことです。
それが天災や人災に侵されることは、いつでも覚悟していたつもりだけど。
私が怖かったのは、それだけでした。
私がその状況に対峙したときに、何もできる自信がなかったから、怖かった。
でもみなさんには演奏があると思う。
いつも、生活とともにあった演奏が。
「音楽になにができるか」というけど、何もできないと、私は思う。
ただ、あの地震の翌日に行われたマリアハトのイベント。
あのとき、チャージフリー、会場節電、時間短縮とかの条件のもと、440とマリアハトの英断でライブが開催され、お客さんもいくらか集まった。
その時に私は知った顔に出逢いほっとしたけど、彼らに何か与えることはできなかった。
それはお互いそうなのかな。
ただ、居るよということを確認できたことは私たちにとって大切だったと思いたい。
もちろん私たちはそれなりに不安を抱えて足を運んでた。
いつどうなるかわからないこと。
こんなときに音楽を演奏し聴くとはどういうことかってことわかんない。
放射能の不安とか、家族とか、色々あった。
Alfred Beach Sandalは北里くん、一樂くん、MCシラフの三人での微音(でもなかったか)編成だった。
そこに急遽、伴瀬さんが入り、4人はステージとフロア中央に離れ広がり、面白い布陣で二曲演奏した。
エンターテインメントをした。
4人で「エイブラハムの髭占い」と「メキシコ生まれの甥っ子」を演奏したとき、そこにいた人々が暗に共有していた不安が払拭されていた。
確かにその二曲の間だけは。その間だけでも。
そのとき、アルフレッドバンドは、音楽で何かをしたのだと思った。
音楽は何もできない。なにかしなければとか、できると思う必要なんてない。それをうけとる人が、音楽になにかしてもらえたと思ったときに初めて、「何かできる」だけだと思うから。
それは今に限ったことじゃなく、いつだって、そうだったと思う。
なぜ音楽をしているかなんて、そもそもみんなわからないで、でもやってるでしょう?自分がやらずにいられないなら、やればいいだけ。自分の音楽に自信を持ち続けていればいいだけ。
うけとるひとも、やるひとも、自分で決めればいいのです。
今は、自分自身の決断や判断を鍛えるときでもあるのだと思う。
ところがしかし、
何ができるかって?何だってできらあ!という判断と行動を速攻くだしたのが高円寺円盤
最新のニュースhttp://enbannews.blogspot.com/2009/10/cd.html
(これを受けてか自発か、いろいろなライブハウスでも似た流れが。)
単純に、円盤の文化を享受し保存していくことも我々にできること、すべきことと思います。
とりあえず音楽をやるための生活と、そばにいる人を、全部じゃなくていいと思う、自分の視界にいるひとだけでも大切にしていれば。明日音楽ができなくなるかもしれない。でも明後日にはできるかもしれない。
音楽だけじゃなくてすべてのことがそうだよね。
そもそも音楽はそんな特別なことじゃないんだから。ただの生活のひとつなんだもの。
私は自分自身にできることはやりたい。何もしてない。間違うのを回避するのにせいいっぱいです。
災害のときの情報や善意の誤りが恐ろしいのは今までのことでわかっていること。
間違えないようにしたい。
自分の判断を冷静に保つこと。笑えるときは笑うし。
移動手段などで苦労してる方もいっぱいいると思いますが、それでもまだ東京は深刻にならずに乗り切れる範囲です。大袈裟なのはいやだ。今まで通りのこともやれているのがラッキーだと思う。
これから発売予定の新譜のサンプル作ったり、納品の準備したり、今までの続きは、やれるときに続けています。
入ってきた情報には、自分の経験と想像力で対処しなきゃいけないです。
不安や怒りとかも想像力で回避できることたくさんある。
怖かったですよね。今も怖いよね。
それでもみんな、一日いちええやん精神を忘れてないこと、素晴らしいよ。
また会いたいんだよ、いつものように。
こんなブログをアップしてしまって、あとで自分はどう思うのだろう。わからないや。
きょうのタイトルは福原希己江さんの曲中より拝借。きこえています。
http://www.myspace.com/fukuharakimie
20110223
ヨイクダリ
アナホールクラブバンドを久々にー
昨年の秋頃からよいライブばかりなので「参りました。すみませんでした」という状態です私。だから待ってましたアナライブ。シカシこの日なんとどらむの一樂よっちゃんが高熱で欠場!!だいじょうぶかー
結果的にはおもしろいものがみれました。
逆におもしろくないくらい4人編成のライブ、満足させてもらってしまった。
あのひとたちだったらそうだよね。
と思わせてしまうひとたちだよね。
アナホールくそおしゃれです。
新曲「ジャックおじさん」は、えんちゃんがブログで、みんなのうたで流れそうなと書いてたけど、まさにそのアニメーションが浮かぶような情景のある、そしてばんせらしい哀愁のなかにもあかるさのあるような曲
ああゆうある意味ストレートな曲がうまれることも今のアナホールらしいように思う。
アナホールかっこいい。楽しかったね。
たいばんの mamimi fouksong が
まあさきにモモジさんのお墨付きを私もらってしまったんだけど
そうゆうとき程慎重にそして素直にね。
よかった。
東京のバンドでこんなひとたちいたのか〜!
私もうすっかりこうゆうバンドに目がないなあと思った。
あのひとはきちがいですか、という冗談も通じたのできっといい人たちだ。
また会いたいです。
動向が気になります。
渚さんがベースひいてました。何年ぶりにみるのだろう、、、、
当然かっこよかった。
しかも本番前に渚さんのベースの弦が切れて、いっそんくんがベースを貸してたので余計なんかぐっとくるもんがありましたね。
円盤には
田口さんがジャケをリメイクしたという紙コップスのCD(ナイスデザイン〜!)と、happleのエコバッグつきCD(私普段使いしてます)おいてありましたよー
昨年の秋頃からよいライブばかりなので「参りました。すみませんでした」という状態です私。だから待ってましたアナライブ。シカシこの日なんとどらむの一樂よっちゃんが高熱で欠場!!だいじょうぶかー
結果的にはおもしろいものがみれました。
逆におもしろくないくらい4人編成のライブ、満足させてもらってしまった。
あのひとたちだったらそうだよね。
と思わせてしまうひとたちだよね。
アナホールくそおしゃれです。
新曲「ジャックおじさん」は、えんちゃんがブログで、みんなのうたで流れそうなと書いてたけど、まさにそのアニメーションが浮かぶような情景のある、そしてばんせらしい哀愁のなかにもあかるさのあるような曲
ああゆうある意味ストレートな曲がうまれることも今のアナホールらしいように思う。
アナホールかっこいい。楽しかったね。
たいばんの mamimi fouksong が
まあさきにモモジさんのお墨付きを私もらってしまったんだけど
そうゆうとき程慎重にそして素直にね。
よかった。
東京のバンドでこんなひとたちいたのか〜!
私もうすっかりこうゆうバンドに目がないなあと思った。
あのひとはきちがいですか、という冗談も通じたのできっといい人たちだ。
また会いたいです。
動向が気になります。
渚さんがベースひいてました。何年ぶりにみるのだろう、、、、
当然かっこよかった。
しかも本番前に渚さんのベースの弦が切れて、いっそんくんがベースを貸してたので余計なんかぐっとくるもんがありましたね。
円盤には
田口さんがジャケをリメイクしたという紙コップスのCD(ナイスデザイン〜!)と、happleのエコバッグつきCD(私普段使いしてます)おいてありましたよー
20110221
A.T.A.M.I 熱海!
VIDEOTAPEMUSIC企画「CLUB ニュー熱海」
しらないひとがいっぱいいて、しってる顔もいっぱいあって、みんなで楽しんで、ヨカッタな。
楽しかったな。
私は受付しながら観てたもんで、ちょっと細かい部分とか見逃してると思うけど
あの場にいただけで楽しかった。受付が楽しいイベントなんかなかなかない。
まりさんがしごとを手分けしてくれたからきもちもラクだった。そうゆうの大きいんだよー。
ビデオくんのともだちとか、cheektimeのともだちとかね、しらないひとも
わたしの知ってるひともたくさんきた。
それだけでカオスのはじまるかんじが楽しかった。
クラブとか相当行ってないんでわかんないんですけど、だれがいてもどうしててもいいのがクラブかなと漠然と思ってまして、そうゆうかんじがあった。つまりふんいきがよかった。
cheektime温度はいかしている。私はラップを知らないけど、知らないくせにいきなり上質のものをみてしまってるんだろうなと思う。cheektimeをやってるあのひとたちは普段の三倍増しのいかし度だ。かっこいい。
伴瀬朝彦はどうだったのだろう。アルバム「ライブ」からの曲を数曲やっていたのがよかった。名曲がいくらでもあるから唄ってやらないと曲がかわいそうだ。熱海の話はもういいです、とのこと。
飯田華子さんは熱海が舞台の紙芝居。飯田さんをみるのは三度目ですが、みるたびしびれる。段ボールをめくるたびにめくるめくロマンが溢れて包まれます。ほんとに素晴らしい。
VIDEOTAPEMUSIC。いいアクトでした!
ビデオは企画者なので疲れちゃってんではないかと少し心配でしたが、出番のころには緊張からときはなたれ、いいライブ!
全アクトが済んでからはSPORTS KOIDEのDJをみんなでたのしみました。ceroかかってた。コイちゃん!
会場をCLUBニュー熱海と化し、普段からあたみあたみゆうてるのをコンセプトに
ビデオくんらしいイベント。
ビデオくんらしいってどうゆうのでしょうか。
いろんなことが言えますが
まあゆうてもきもちでしょうね。
少しの思い入れと、たしかな真心
お中元みたいなこと言ってダサく終わらせよう。
いいもん観てきいて、楽しかったなあってまず思うイベントってすばらしいのですよ。
単純なことは、単純にはできない。
あー。終わってしまったなあ。またひとつ。
しらないひとがいっぱいいて、しってる顔もいっぱいあって、みんなで楽しんで、ヨカッタな。
楽しかったな。
私は受付しながら観てたもんで、ちょっと細かい部分とか見逃してると思うけど
あの場にいただけで楽しかった。受付が楽しいイベントなんかなかなかない。
まりさんがしごとを手分けしてくれたからきもちもラクだった。そうゆうの大きいんだよー。
ビデオくんのともだちとか、cheektimeのともだちとかね、しらないひとも
わたしの知ってるひともたくさんきた。
それだけでカオスのはじまるかんじが楽しかった。
クラブとか相当行ってないんでわかんないんですけど、だれがいてもどうしててもいいのがクラブかなと漠然と思ってまして、そうゆうかんじがあった。つまりふんいきがよかった。
cheektime温度はいかしている。私はラップを知らないけど、知らないくせにいきなり上質のものをみてしまってるんだろうなと思う。cheektimeをやってるあのひとたちは普段の三倍増しのいかし度だ。かっこいい。
伴瀬朝彦はどうだったのだろう。アルバム「ライブ」からの曲を数曲やっていたのがよかった。名曲がいくらでもあるから唄ってやらないと曲がかわいそうだ。熱海の話はもういいです、とのこと。
飯田華子さんは熱海が舞台の紙芝居。飯田さんをみるのは三度目ですが、みるたびしびれる。段ボールをめくるたびにめくるめくロマンが溢れて包まれます。ほんとに素晴らしい。
VIDEOTAPEMUSIC。いいアクトでした!
ビデオは企画者なので疲れちゃってんではないかと少し心配でしたが、出番のころには緊張からときはなたれ、いいライブ!
全アクトが済んでからはSPORTS KOIDEのDJをみんなでたのしみました。ceroかかってた。コイちゃん!
会場をCLUBニュー熱海と化し、普段からあたみあたみゆうてるのをコンセプトに
ビデオくんらしいイベント。
ビデオくんらしいってどうゆうのでしょうか。
いろんなことが言えますが
まあゆうてもきもちでしょうね。
少しの思い入れと、たしかな真心
お中元みたいなこと言ってダサく終わらせよう。
いいもん観てきいて、楽しかったなあってまず思うイベントってすばらしいのですよ。
単純なことは、単純にはできない。
あー。終わってしまったなあ。またひとつ。
20110215
旅の食事と旅
「旅の食事」やります。
4月15日(金)@下北沢440
東京の演奏プレゼンツ「旅の食事」
19:00/19:30 CHARGE 2,000円D別
【出演】
福原希己江/NRQ/藤井洋平(a.k.aまめッこ)/アナホールクラブバンド
今回も金杉さんにお世話になりまして440で開催させていただきます。
自分の企画はあまりやるきはなかったのですが
ちょっとしたきっかけで
やりますか?やります。という流れになったのでやります。
出演を承諾いただいた四組のみなさま
ありがとうございます。
昨日なんか雪ですが、このころには春になっている。
そのときにこのひとたちに揃っていただくのは、信頼しかない、四組。
このイベントのやりとりをしていて、
NRQの牧野さんから返信をいただいたとき、私は名古屋行きのバスに乗り込んでいました。
もちろんそれで思い出したのは昨年の5月のこと。
NRQをハポンで観たくて、名古屋にいったときのこと。
あのときはひとりで行ったにもかかわらずほんとにほんとにたのしくて。
だからなんか今回もきっと楽しーんだろなあて
タイニーバンパクvol.50を観にいったんですが
名古屋で会えるひとがいることは嬉しい。
とてもありがたい。
ジョンのサン、カタリカタリ、
ツイッターでちょっと書いたのでいいかなと思うのですが
The endのことを少しかいとこかなと
前に長野のいったとき、地元のバンドにあまりにがっかりした。
(これはくまちゃんと共有したことであまりにも楽しい想い出になったのだが)
そのときにモモジさんが
いやいや長野にはThe endといういいのがいるのだと。
想像はしないことにしてたけど、バンドだとは思い込んでました。
ひとりの男性だった。
倉林さんと刈田兄を思い出した。みため。
今思えば目つきが尋常じゃないというのが共通点ですか。
最初ね、よくわからなかったのです。なぜ「モモジさんが」このひとの音楽をいいと言っているのか。
ここはやっぱり、そう思ってしまうのですよ、モモジさんが、ってとこは。
私は何を思えばいいのだろうと若干混乱し焦った。
それなのに、
そんな焦りなど必要なかったです。
二曲目三曲目ときくごとにどんどん彼は私を引き寄せていき
繰られる曲に次は何がでるの何がでるのと期待し
最後には共同体みたいになっていたのです。
すばらしいステージングだった。
それぞれ二基のギターとハープと、彼ひとりで。
音楽でなければならない表現を。
スタイルでいえば、いまだそんなことをしているのか、というものかもしれない。言ってしまえば。
ひきがたりって、そうみられがちだし。
けれどこんなふうにみせられるんだ、きかせられるんだ!っていうのは
おそらくあのひとが留まってはいないからなんだろう。
風を入れる。
そしてもう一度抜いて圧縮させる。
そんな印象。
私はちょっと三輪二郎のことを思い出した。The endとはまた違うけど
三輪二郎もああゆうふうになったらかっこいいなと思った。
ああゆうふうに。
The endの、ああゆうふう、を
いつかまたみることができるんだろうか?
こうゆうふうか、と
わかってもらえるときがくるんだろうか。
そんな楽しみが生まれるのです。
「段ボールおじさん」をきいて
そうゆうことだよなあと思った。
私の中身は音楽ばかりの詰めもので満たされている。
私がひごろ考えていることが、一曲のうたに完成されていた。
ライブのあとゆきちゃんには行けたのですが
あとからカタリカタリのみなさんとThe endさんも来て
私はバスにのらねばならず何もおはなしできなかった。モモジさんもまだおしごとしてた
そんなスケジュールの自分死ねと思いました。
それとは別に。
カタリカタリを昨年の片想いのたいばん以来にみて、
ああこのライブ観たから今死んじゃってもいいなと思った。
私は日常的に、今日で死んだらということを考えてるのですが
まあだいたい、(先に企画とかも決まってるし)まだ今はまずいなと思うのですが
この日にカタリカタリ観れたことでだいぶ、今ならオッケーって思えるだろうな〜って
そうゆうの、名古屋にいたら思わないのかも。
でも私は東京にいるから。
そうゆうこと考えられることが、楽しいんだなと思うのです。名古屋に行くのは。
4月15日(金)@下北沢440
東京の演奏プレゼンツ「旅の食事」
19:00/19:30 CHARGE 2,000円D別
【出演】
福原希己江/NRQ/藤井洋平(a.k.aまめッこ)/アナホールクラブバンド
今回も金杉さんにお世話になりまして440で開催させていただきます。
自分の企画はあまりやるきはなかったのですが
ちょっとしたきっかけで
やりますか?やります。という流れになったのでやります。
出演を承諾いただいた四組のみなさま
ありがとうございます。
昨日なんか雪ですが、このころには春になっている。
そのときにこのひとたちに揃っていただくのは、信頼しかない、四組。
このイベントのやりとりをしていて、
NRQの牧野さんから返信をいただいたとき、私は名古屋行きのバスに乗り込んでいました。
もちろんそれで思い出したのは昨年の5月のこと。
NRQをハポンで観たくて、名古屋にいったときのこと。
あのときはひとりで行ったにもかかわらずほんとにほんとにたのしくて。
だからなんか今回もきっと楽しーんだろなあて
タイニーバンパクvol.50を観にいったんですが
名古屋で会えるひとがいることは嬉しい。
とてもありがたい。
ジョンのサン、カタリカタリ、
ツイッターでちょっと書いたのでいいかなと思うのですが
The endのことを少しかいとこかなと
前に長野のいったとき、地元のバンドにあまりにがっかりした。
(これはくまちゃんと共有したことであまりにも楽しい想い出になったのだが)
そのときにモモジさんが
いやいや長野にはThe endといういいのがいるのだと。
想像はしないことにしてたけど、バンドだとは思い込んでました。
ひとりの男性だった。
倉林さんと刈田兄を思い出した。みため。
今思えば目つきが尋常じゃないというのが共通点ですか。
最初ね、よくわからなかったのです。なぜ「モモジさんが」このひとの音楽をいいと言っているのか。
ここはやっぱり、そう思ってしまうのですよ、モモジさんが、ってとこは。
私は何を思えばいいのだろうと若干混乱し焦った。
それなのに、
そんな焦りなど必要なかったです。
二曲目三曲目ときくごとにどんどん彼は私を引き寄せていき
繰られる曲に次は何がでるの何がでるのと期待し
最後には共同体みたいになっていたのです。
すばらしいステージングだった。
それぞれ二基のギターとハープと、彼ひとりで。
音楽でなければならない表現を。
スタイルでいえば、いまだそんなことをしているのか、というものかもしれない。言ってしまえば。
ひきがたりって、そうみられがちだし。
けれどこんなふうにみせられるんだ、きかせられるんだ!っていうのは
おそらくあのひとが留まってはいないからなんだろう。
風を入れる。
そしてもう一度抜いて圧縮させる。
そんな印象。
私はちょっと三輪二郎のことを思い出した。The endとはまた違うけど
三輪二郎もああゆうふうになったらかっこいいなと思った。
ああゆうふうに。
The endの、ああゆうふう、を
いつかまたみることができるんだろうか?
こうゆうふうか、と
わかってもらえるときがくるんだろうか。
そんな楽しみが生まれるのです。
「段ボールおじさん」をきいて
そうゆうことだよなあと思った。
私の中身は音楽ばかりの詰めもので満たされている。
私がひごろ考えていることが、一曲のうたに完成されていた。
ライブのあとゆきちゃんには行けたのですが
あとからカタリカタリのみなさんとThe endさんも来て
私はバスにのらねばならず何もおはなしできなかった。モモジさんもまだおしごとしてた
そんなスケジュールの自分死ねと思いました。
それとは別に。
カタリカタリを昨年の片想いのたいばん以来にみて、
ああこのライブ観たから今死んじゃってもいいなと思った。
私は日常的に、今日で死んだらということを考えてるのですが
まあだいたい、(先に企画とかも決まってるし)まだ今はまずいなと思うのですが
この日にカタリカタリ観れたことでだいぶ、今ならオッケーって思えるだろうな〜って
そうゆうの、名古屋にいたら思わないのかも。
でも私は東京にいるから。
そうゆうこと考えられることが、楽しいんだなと思うのです。名古屋に行くのは。
20110211
のろのらのらねこ
福原希己江さんの音楽が素晴らしい。
誰にも手出しする気を起こさせない完結した弾き語りというものがちゃんとある。
私はまだあのひとのライブを二度しかみてないから、何を言ったらいいかわからないのだけど。
癒し系とかヒーリングとかっていうのはそんなお手軽なものじゃないだろうとよく思っている。
癒される音楽とかいうのもピンときたことがなかった。
だけどあのひとのうたに癒しということを実感しています。
福原さんに会ってもしかしたら保母さんかなあと思った。違ったけど
福原さんの声がずうっと残って響いているのですよ。
それは私にとってなんなのだろう、と
考えているところ。
穏やかな場所でベッドをあてがわれたように
傷口を縫合されるように
かさぶたが剥離していくように
たまご酒でからだが解かれるように
画像拝借。
誰にも手出しする気を起こさせない完結した弾き語りというものがちゃんとある。
私はまだあのひとのライブを二度しかみてないから、何を言ったらいいかわからないのだけど。
癒し系とかヒーリングとかっていうのはそんなお手軽なものじゃないだろうとよく思っている。
癒される音楽とかいうのもピンときたことがなかった。
だけどあのひとのうたに癒しということを実感しています。
福原さんに会ってもしかしたら保母さんかなあと思った。違ったけど
福原さんの声がずうっと残って響いているのですよ。
それは私にとってなんなのだろう、と
考えているところ。
穏やかな場所でベッドをあてがわれたように
傷口を縫合されるように
かさぶたが剥離していくように
たまご酒でからだが解かれるように
画像拝借。
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