20090205

鴨志田くんのおはなしたち

鴨志田くんの小説のはなし。
私が読んだ鴨志田くんの本1:作為の包容(長編)
私が読んだ鴨志田くんの本2:短編集(楕円のミラージュに関するおはなし)
どちらも自主制作、DIYです。
プリントして穴あけて紐通した製本です。


何から書いたらいいのか、鴨志田新悟くんが何者か?自主制作の小説って何か?
とどっから書くか考えてしまうともうアレなので、私の読書体験を書きます。


私は鴨志田くんの文章を読むと興奮します。
正直、私は最近本を読んでいない、何を読んだらいいかとか、何の知識がほしくて読むのかとか、衝動が無いです。これは老化だとも云えるし達観だとも云えそうですがまさかもちろんどちらでもないでしょう。
鴨志田くんの本を読んだのは、鴨志田くんを知ってるからだと思う。
私が今聴く音楽同様出逢いがあったからだと思う。
それはまあいいとして、最近本を読んでない自分が小説がどうのとかは書けない事を前提に書いてるという話です。
こないだ弦二さんブログのこと書きましたが、そこで「読書の体感」のことが出て来ましたが、私は「モモ」を読んでいませんが、それだと思います。
小説に、ストーリーとかおちとか感情の変化とか共感とか一気に読めるとか早く続きが読みたいとかそういうのを、何を求めるかわかりません、みんなが。それぞれ。
でもたいがいそういったことを求められてかなうものがたくさん売れてるのかなと思う。鴨志田くんはだいたいそういうの無視してる。
ストーリーもおちも続きも全部こちらに任せているともいえるし、逆に全て文章に表されてるようにも感じる。
そういうとどんな前衛的なものかと、誤解されそうですが、長編にはちゃんとストーリーもおちもある。
一番近いのは、というか大事なのは、鴨志田くんの文章は音楽みたいだということです。
具体的でない感情、確信的でない行動、慢性的な病のような生活、可能性に賭ける想像力、そういったものを感じるための文章だと思います。
確かに意味があってイメージがあって、共感や共鳴がある気がする。
西荻の西友からデリー行きの飛行機が出るのは嘘だけど、それはおとぎ話や幻想ではなくてイメージであって、まあそこまで云ってしまうとつまんないけど、っていうのは、それは音楽もそうかなと。
読んでいると音楽をきいてるときに近い高揚感があります。
短編集の方は時間と時代、国籍、文化、生態、のX軸Y軸を何度も跨いでシャッフルされたモチーフがいつの間にか繋がって行くということに相当ワクワクして、一気に読みました。
熊の消息や博士の性器の無事に安堵したりする遊びも楽しい。
小学校の図書室を思い出した。
私が一番本に夢中だった頃かもしれない。
世界が四方に無限で、たくさんのおはなしがたくさんのイラストと一緒に、黒の活字が何色にもみえるような楽しい時間だった。


なんかこれちょっとおしゃれっぽくないかぁー?と思ったりするけど、鴨志田くんに会うと一気にリアリティが出るっていうか、こういう人が書いてるなら全然信用出来る。と思ったり、します。
こんなこというとおおげさに感じるかもしれないけど、そうでもなくて、私はもっと鴨志田くんのおはなし読みたいなと思うし、なんかもっとうまく感じた事を私が書けたらよかったんだけど。私は賞金20万円は出せませんが、もっと読みたいです。鴨志田くんの小説を大事に読む機会があってよかったなあと思います。



会社辞めた日に、いろんなことを思ったけど、「私は目に銀河がはいってしまったのかもしれない」と思うことにました。
「記憶を塗り替える工場」で働こうかな。受かるかな


2 件のコメント:

kamoshida さんのコメント...

ありがとう!
こんなに色々感想頂いたの初めてです。
とりあえず書き続けます。次は楽しい話を書くよ。
コンピcdの話またしましょうね!

こっちゃん さんのコメント...

うん!
いっぱい本作ってください。
もっと色んな事感じるんだけどねー。
コンピはきっと面白いのを作るのでよろしく!
たよりにしてます!